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2012年8月

2012年8月31日 (金)

”Independent WHO=WHOはIAEAから独立し、本来の役割を!”

『真実はどこに?-放射能汚染を巡ってー』と題されたドキュメンタリー映画(ウラディミール・チェルトコフ監督)が今大きな衝撃をもって迎えられている。この作品は、コリン・小林氏らパリー拠点の日仏交流団体「エコー・エシャンジュ」と日本の市民団体「りんご野」が日本語版を制作、ユーチューブにアップした。この51分のドキュメンタリーは、チェルノブイリ原発事故の健康影響がどのように隠されてきたかをわかりやすく描いている。WHO(世界保健機構)は、1959年「IAEAの了解なしに情報公開・研究・住民救援をしてはならない」との協定を結んでいる。そのため、2009年に放射線保健局を廃止し、原子力に関する活動の自由は奪われた。その実態が中嶋宏氏の証言などで示される。中嶋氏は1988年から10年間WHOの事務局長を務めた。ジュネーブと近隣フランスの市民・農民・医師・科学者たちは、5年前から毎日WHO本部前でデモを行っている。彼らのスローガンは”Independent WHO=WHOはIAEAから独立し、本来の役割を!”。ミシェル・フェルネクスはマラリヤや糸状虫などの感染症を研究した医師で、WHOに15年間務め、現在は”Independent WHO”の中心的役割を果たしている人物だ。



2012年8月30日 (木)

「低線量」はなぜ無視された

ICRPの提唱するSv(実効線量当量)は、身体の各部分が不均一な被曝を受けたとき、全身均一な被曝に換算しなおすと、どれだけの被曝量に相当するという考え方に基づく。内部被曝の場合、各教区所の組織・細胞集団の被爆状況は、極めて不均等だ。バイスタンダー効果や放射線誘導遺伝的不安定・ミニサテライト配列など最近の分子生物学的研究の成果、動物を使った基礎実験研究の結果、さらに世界各地の放射線汚染地域で行われた疫学研究の成果は、ICRPの基本的な考え方が、持続的な内部被曝による晩発障害を極めて過小評価していることを示している。ICRPが1950年の発足当初に備えていた内部被曝に関する委員会を、早々に排除した理由は、内部被曝の健康影響を考えると原子力関連の様々な作業に従事する労働者とその子供たちの健康維持が出来なくなるとして、巨大な力を持つ原子力産業が判断したためだ。ICRPの内部被曝線量委員会委員長であったカール・Z・モーガンのコメントは次のようだ。「すべての放射性核種の最大許容濃度(MPC)を決定。ICRPは、原子力産業界の支配から自由ではない。原発事業を保持することを重要な目的とし、本来の崇高な立場を失いつつある」





2012年8月29日 (水)

slow death

内橋克人は、「地震、津波、つづく放射能汚染の「人災」が被災者を打ちのめしている。中でもとりわけ乳幼児は今スロー・デスの恐怖におののく」と述べ、自著『原発への警鐘』で引用した米ピッツパーク大学教授(当時)トーマス・F・マンクーゾの報告書「マンクーゾ報告」(1977年)の次のような一節を紹介している。「被曝はスロー・デス(時間をかけてやってくる死)を招くものです。死は20年も30年もかけて、ゆっくりとやってきます。原子力産業はクリーンでもなければ、安全でもありません」「日本はアメリカに比べて国土は狭いし、人口も密集している。この広い米国でも原発の危険性が常に議論されているのに、狭い日本でもし原発事故が各地に広がった場合、いったい日本人はどこに避難するつもりでしょうか。日本人は、広島、長崎と二度も悲惨な原爆の悲劇を経験しているではありませんか」。また、原発労働者について次のように述べている。「人間の生命を大事にするというのなら、原子力発電所内部で働く作業従業員の被爆線量は、年間0.1レム(rem)以下に抑えるべきである」(引用者註:0.1rem=1mSv)。そして、「今この国のあり方を根幹から考え直すこと、それが夥しい犠牲者に対する、生きている者のせめてもの責務ではないか。私はそう考える。」と内橋は結んでいる。




2012年8月28日 (火)

ABCC・放射線影響研究所・「731部隊」

1945年、原爆投下計画の指揮者の一人、ファレル准将を団長とする米国原爆災害調査団は広島を視察。10月14日にも第二次調査団が来広、陸軍宇品病院と調査研究資料一切を接収するとともに、日本側の研究資料を提供させるべく、原爆投下後の医学的調査を指揮していた都築正男を通じて、日本側の協力を求めた。広島・長崎に設置されたABCC(原爆傷害調査委員会)は、国立予防衛生研究所に協力させる体制を作り上げた。そして731部隊の幹部医師・医学研究者をも、この調査・研究に組み込んだ。ABCCは、1948年から10年間に病理解剖した被爆者の臓器、組織1500体分を米国国防総省直轄の米軍病理研究所に送った。被爆者の中には、モルモット扱いだと、批判が広がった。この過程で重要なことは日本の医師たちの考え方と振る舞いだ。原爆投下直後に被爆地で行った調査データを英文に翻訳して占領軍に提供した事実が物語っているように、日本の医師・医学者たちは自ら進んでABCCの癌曝影響調査に協力したと言わねばならない。隣国アジアの民衆を化学・生物兵器の実験材料として利用したのみならず、中国各地の民衆をそれら兵器による大量無差別殺人の対象とした日本の医師・医学者の思想と日本とアジアの民衆(広島原爆は約3万人、長崎原爆は約1万人の朝鮮人・韓国人の命を奪った)を原爆攻撃の対象に選び、その健康被害調査に乗り込んできたABCCの医師・科学者の思想には通底するものがある。特に日本の医師たちは、治療は行わず、米国に協力し、原爆影響調査のみを行ったという意味で自国民からも加害者責任を問われる存在だ。ABCCの後を継いだ放射線影響研究所の第3代理事長・重松逸造は、IAEA事故調査委員長としてチェルノブイリ事故の安全宣言をおこなった。第4代理事長・長瀧重信は福島原発事故の安全宣言を行った。これら2人の医学者の愛弟子的存在である医師・山下俊一は、長崎大学より福島県立医科大学に副学長として赴任した。彼は福島県各地で「年間100mSv大丈夫、ニコニコしていれば大丈夫」論を展開し、ヨーロッパでもMr.100mSvとして有名である。





2012年8月27日 (月)

マンハッタン計画とIAEA(国際原子力機関)

マンハッタン計画は、第二次世界大戦中の1942年に米国が始めた原爆製造研究のコードネームだ。この計画で、3個の原爆が作られた。第1のプルトニウム爆弾は、"Gadget"と名称し、1945/07/16ニューメキシコの沙漠で実験に供された。第2のウラン爆弾"Little boy"は広島上空で、もう一個のプルトニウム爆弾"Fat man"は長崎上空で使われた。また、高レベルエックス線の全身照射やプルトニウムやウランの注射・経口投与など、様々な人体実験が行われた。初期研究の多くがニューヨーク市に本拠を置く米陸軍工兵隊のマンハッタン工兵地区で行われたので、その名をとって命名された。この計画は1942~1946年まで4年間続き、そのコストは約18億ドル。1943/10/30付の秘密文書には、ウランを粉末状にして散布する兵器の研究に関する記述がある。米軍は当時すでに、ウラン濃縮の過程で生成される大量の核のゴミ・ウラン238を兵器として使うことを構想していた。1991年湾岸戦争の時、米国(一部英国)はイラク兵に対して、ウラン兵器(約320トン)を初めて実戦で使用した。ウラン鉱から掘り出されたウランのわずか0.7%がウラン235だ。これを100%近くまで濃縮すると広島型原爆、4%前後で止めると原発の燃料になる。従って原子力産業にとって核濃縮は至上命題だ。1953年アイゼンハワーの国連演説"Atoms for Peace !"。日本では読売新聞のトップ・正力松太郎の「原子力の平和利用」なる掛け声の下、米国は自らの同盟国・友好国に原子炉(原発)を運転させる。IAEAはそのために産み出された「国際原子力村」の旗手だ。原子火(原発)運転の過程で地球上にはほとんど存在しなかったプルトニウム239が次々に生成される。米国は1942年にワシントン州コロラド川流域のハンフォードに巨大なプルトニウム製造工場を作ったが、今や日本を含む世界各地で人類が産み出した最強の毒物・プルトニウムが生成され、自然生態系への深刻な負荷を拡げている。





2012年8月26日 (日)

検証「低線量」とは、

東電福島第一原発大惨事によって自然生活環境に放出された放射性物質から放射される「放射線空間線量を年間20mSv以下に下げることができれば、汚染地域に住んでも良い。空間線量を下げるために”除染”を行う」。これが日本政府の基本的な考え方だ。すでにスーパー・ゼネコン各社は兆円単位の税金を手に”除染”ビジネスに乗り出している。しかし実際”除染”作業に動員されているのは汚染現地には幼児を連れた若い母たちの姿もある。”除染”作業が新たな内部被曝を拡げている。一方、「汚染地域でも楽しく生きていける!」と呼びかける”エートス運動”が福島県のいくつかの自治体で、ICRP(国際放射線防護委員会)が主導して始められている。本稿では、「年間20mSv以下に下げることができれば、汚染地域に住んでも良い」とする政府や国際機関の考え方とその問題点を原爆・原発開発の歴史をさかのぼることによって明らかにしてみよう。





2012年8月24日 (金)

2012/07/14 中村 哲さんの報告 ③

反政府勢力との交渉では、米軍が一転してアフガン政府の頭越しにタリバン代表と交渉し始め、情勢を複雑にした。もともtご和平交渉はアフガン政府が以前から提唱していて、このための定期委員会を発足させていたが、この渦中で政府側代表(前大統領ラバニ師)が暗殺された。タリバン側は「外国軍引き上げを条件」とする姿勢を崩していない。軍規も弛緩しがちで、外国兵による猟奇的な殺人事件、日常的な誤爆、無意味な虐待などが横行した。これに対し、激怒したアフガン軍兵士や警察官が欧米兵を狙撃する事件も相次いだ。一般農民とタリバン兵を区別するのはもはや不可能であり、「タリバン対国際軍」という図式も不明確である。反政府勢力は、アフガン系、パキスタン系が入り乱れた上、旧軍閥や犯罪者、タリバンと名乗る謀略が加わり、分かりにくいものになっている。「要するに秩序と平和が欲しい」と述べる者が普通で外国の軍事干渉が混乱の元凶だと皆思っている。この中で東部アフガン農村は、従来からあった自治性(地縁による結束)を一層強化する傾向だ。各自治会を中心に、この地縁関係は党派を超えて成立し、農村秩序の唯一の拠り所となっている。都市近郊では、大っぴらな買収工作、投機的な土地売買などで富裕層が潤って格差が拡大している。自治力が弱まっているものの、大半の農村では長老会は健在だ。PMS現地活動の実質的な安全保障もまた、地域自治会との関係を抜きに考えられない。



2012年8月23日 (木)

ips細胞研究の進展 ②

最近では、c-Mycの代替因子を検索する過程で原がん性が弱いL-Mycや、さらにはGlis1という受精卵で特異的に発現している遺伝子を見出し、これらを用いることで、ips細胞の樹立における効率と品質を向上させることに成功した。また、化合物によりips細胞樹立効率を促進し得ることも明らかになりつつある。このように、樹立法が多様化するとともに、毎回の実験では複数、時には100以上の独立したips細胞クローンが得られる。こうした状況下で、ips細胞の性質については、ES細胞と比較し潜在的に極めて多様性に富むことが示唆される。これら多様なips細胞はin vitroでの特定の臓器や細胞への分化指向性における誘導効率または腫瘍形成傾向などの特性が異なることが確認されつつある。これらを踏まえ、ips細胞の臨床応用に際しては、最も適切な由来細胞、樹立方法および得られたips細胞株の評価法を決定する必要がある。これら諸問題に対して、ゲノム解析や、メチローム、ヒストン修飾、インプリンティングなどのエピゲノム解析の重要性が増している。さらに、単一の細胞から樹立したips細胞におけるサブクローンにも不均一性が認められることにも留意する必要がある。ここでは核初期化の過程で複数回の細胞分裂が必要とされ、外来の因子誘導のみではその全過程が完結しないことが、その一因として考えられる。例えば、p53やRb経路を含め他の要因が完全な核初期化機構に関する理解をさらに深めることが、均一かつ完全に初期化されたips細胞の樹立法の開発につながると期待される。




2012年8月22日 (水)

ips細胞研究の進展 ①

京大ips細胞研究所 所長 山中伸弥さんの記述をコピーペー:人口多機能幹細胞(ips細胞)は、当初マウスまたは線維芽細胞にOct3/4、SoX2、c-Myc、kIf4という4因子をコードする遺伝子レトロウイルスベクターで、導入することにより樹立された。この新しい多機能性幹細胞は形態、増殖、遺伝子発見、多能性などの点も胚性幹細胞(ES細胞)と類似している。ips細胞は、ES細胞に比べ倫理的問題が少ないことに加え、遺伝的背景や移植免疫に関わるHLAタイプなど個性の明らかにされている様様な個人から樹立可能であるという利点を持つ。こおためHLAホモ接合体ドナーから構築したヒトips細胞バンクは、将来細胞移植療法など再生医療への応用が期待されている。また、患者由来の疾患特異的IPS細胞は病態解明、新薬探索、毒性評価など創薬開発への利用が注目。しかし、一方で、移植時の腫瘍化の懸念はもいろん、ここ数年の研究により樹立されたips細胞はES細胞と比較して多様であることもわかってきており、実用化に当たって解決すべき点は多い。初期化のメカニズムも未だ未解決の部分が多い。ips細胞は、線維芽細胞のほか、肝、胃上皮、神経、歯髄、末梢血、臍帯血など様々な由来の体細胞から樹立できる。また、細胞への因子導入方法もレトロウイルスのほか、アデノウイルス、センダイウイルス、プラスミド、トランスポソン等、種々のベクターによる遺伝子導入や、組み換えタンパク質、合成mRNAを用いた方法も報告されている。ここで我々はエピソーマルベクターを用いることで、ゲノムへ挿入がない遺伝子導入系を構築し、従来の樹立法より安全かつ効率的にips細胞を樹立を目指し、上記4因子以外も含めた様々なバリエーションが考案されている。





2012年8月21日 (火)

食品:許容線量限度値と安全確保

4月から施行された食品の新しい安全基準値=許容線量限度値には、いくつかの重大な問題点有りだ。まず依然として、ストロンチウム90の基準値が定められていないこと。セシウム137の新基準値にも問題有りだ。500ベクレル/kgを100ベクレル/kgに下げたといっても、まだまだ緩いのだ。特に子供は感受性が強いので、食品に含まれる人工放射性物質は、本来ゼロのはずである。米と牛肉の基準値が2012年9月いっぱい、大豆は2012年内、それぞれ500ベクレル/kgに据え置かれていることも大問題。食品の生産、加工、流通、消費の全過程での厳重な安全確保システムが必要だ。内部被曝による健康障害の深刻化を食い止めるためには、「内部被曝の理解」が国民各層の中に拡がることが必須の条件だ。





2012年8月20日 (月)

がれきの広域処理

汚染がれきを焼却した場合、放射性物質を99.99%除去出来ると環境省は言明する。しかし、実証的な根拠は無し。全国各地の焼却炉でバグフィルターの故障が起きており、その安全性はアヤフヤなものだ。焼却灰についても、環境省は、8000ベクレル/kg以下だったら、管理型処分場での埋め立て処分は出来るとしているが、全国各地の最新鋭管理型処分場でも取水シートの破損事故が起こり、地下水との接触による環境汚染が危惧されるのだ。2012年8月に成立した放射性物質汚染対処措置法は、原発施設から発生する放射性廃棄物に含まれるセシウム137のクリアランスレベルの基準値を100ベクレル/kgから、大きく、8000ベクレル/kgに緩和してしまった法律だ。今、福島の人びとは汚染を全国に拡大しないで欲しいと言っているのだ。100ベクレル/kg以下なら原発の廃材を鍋やフライパンなど日用品にリサイクルしても良いとするクリアランス制度日本では国会を通過してしまっているが、ヨーロッパではこの制度を許さなかった。1997年EU議会にこの制度が上程されようとしたとき、ECRR(ヨーロッパ放射線リスク委員会)が待ったをかけて止めた。





2012年8月19日 (日)

{除染}

「除染すれば住むことができる」。「人間は放射性物質と共に生きていける」。この一年余り東電・日本政府・原子力ムラの自然環境生態系汚染への対応を見ると、彼らの基本的な考え方はこう言うことだと言わざるを得ないのだ。「除染」したといっても”取り除かれた”汚染物質が消滅するわけではない。校庭の一角や通学路の脇や山の中に積み上げられた汚染物からは、放射性微粒子が少しずつ地下水へ移行し、井戸水や飲料水の水源を汚染すると考えるべきだ。高圧水吹付による「除染」の場合は、地下水系や空気を介して川や湖や海を汚染するルートのほかに、川や湖に直接流れ込み、海も汚染する。当初畑の土の表面数センチを剥がせば「除染」できるとか、表面と深いところの土を入れ替る「天地返し」をやれば良いなどと言われていたが、そう簡単ではないことがわかってきた。原子力研究機構が調査したところ、当初地表から5cmまでの浅いところにとどまっていた放射性セシウム汚染が1年後の3月では10~30cmの深さまで浸透していることが確認された。福島県汚染地域の除染対策に1兆円もの税金を手にした大手ゼネコンが乗り出し、地元の人びとによる危険な除染作業が進められている。しかし、放射性物質は大気と水と土の間を循環しているので、除染してもまた放射線量は上がってくる。何十年もかけて除染をやるより、汚染の原因を作った東電(GE・東芝・日立・三菱・ゼネコン各社・大手銀行など)と政府はまず被害者に謝罪し、子どもたちが集団で避難できるように法整備すべし。避難先で、地方の伝統文化を受け継ぎ働き生活し子育て出来るようにするべきだ。そうして、一次産業の復興、安全な食の自給100%を目指す国家百年の計が求められている。この百年の計画にこそ、政府は思い切った財政措置を取るべき。各種放射性物質は東電敷地内に封じ込めるべきである。




2012年8月18日 (土)

無主物?

日頃聞いたことのない言葉がTVや新聞に登場した。「広辞苑」に依れば、「無主」とは「所有主のないこと」、「無主物」とは「(法)何人の所有にも属さない物」とある。2011年8月福島県二本松市のゴルフ倶楽部が、東電に汚染の除去を求めて裁判を起こした。すると東電は、「原発から飛び散った放射線物質は東電の所有物で無いから、責任は持たない」と応えたのだ。2011年10月31日東京地裁は原告の訴えを退けた。判決を見る限り、司法も原子力ムラの住人になったかにようだ。考えてみれば、日本列島各地にばら撒かれた放射性物質は東電の産業活動の結果産み出された廃棄物だ。「廃棄物の処理及び清掃に関する法律」(「廃掃法」などと略称されている)には、「第一条 ……廃棄物の排出を抑制し、……公衆衛生の向上を図ることを目的とする」また「第十一条 事業者は、その産業廃棄物を自ら処理しなければならない。」と記述されている。「廃掃法」はおもに化学毒性による健康障害予防を目的にしたもので、放射性物質を対象としたものでは無いなどと主張する人にはバイスタンダー効果、すなわち放射線が細胞内に産出する化学物質によるDNA切断について議論しようと言わねばなるまい。





2012年8月17日 (金)

ホット・スポット、積算降下量、海洋汚染

われわれの身体の中でも、放射性微粒子が沈着しホット・スポットを作り、それが内部被曝の源となるが自然界にも、放射性微粒子が蓄積しやすい場・ホット・スポットが形成される。空気や水の流れ、地理・地質・気象、生態系条件などさまざまな自然環境条件が、ホット・スポット形成に関与する。森林、河川、湖沼、海、耕作地、都市生活空間など人工的な要素も、すべて考慮されなければならない。同じ行政区内でも、放射線量の著しく異なる場所があることがわかってきた。福島県だけでなく広く東北・関東さらに遠隔地にホット・スポットは形成されている。文科省は2011年3月~6月放射性セシウムの全国都道府県月間降下量を公表した。それによれば、北アルプスと中央アルプスを境にその東西で、放射線量に二桁の差があることわかる。海にもホット・スポットがあることが指摘されているが、海洋を汚染した人工放射性物質は間もなくアメリカ大陸に到着すると予想されている。
  
                   「新masahideホームページ」
 


2012年8月16日 (木)

「低線量」内部被曝の源

今、我々の生命の基本単位である細胞を蝕み、DNAを傷つけ、様々な病気の原因となる「低線量」内部被曝は、次の4つ。第1は、セシウム137、ストロンチウム90やプルトニウム239などの各種人工放射性物質を放出し続け、水・大気・土・自然生態系を汚染し続けている東電原発事故現場。第2は、「除染」作業現場。きわめて不十分な防護対策の下で行われている「除染」。それは「撒染」とか「移染」と呼び、その現場は新たな内部被曝源だ。第3は、政府が全国の自治体に押し付けているがれきや汚泥の処理。焼却処理に伴う大気汚染と、高濃度汚染焼却灰の埋め立てによる地下水系の汚染が問題だ。第4は食。政府が示した新基準値(許容線量限度値)には、骨や歯に長期間蓄積するストロンチウム90の基準値がまったく決定していない。セシウム137の新基準値も問題だらけだ。内部被曝の理解は、我々が手をつなぐための必須条件だ。




2012年8月13日 (月)

東電第1原発の惨事から早、1年半近くにもなる

岐阜環境医学研究所所長 松井英介さんの記述をコピー・ペー:2011/03/11、世界中を震撼させた東電第一原発の惨事から早くも1年以上が過ぎ去った。日本政府は、「冷温停止」状態などと言っているが、現場ではきわめて高い放射線が放出されているため、近づくことすら出来ない状態にある。核燃料・ウラン235とその核分裂産物であるセシウム137、ストロンチウム90、プルトニウム239をはじめとするさまざまな人工核種は、原子炉の本体である圧力容器から外に溶け出して。それらの核物質は、格納容器をも破壊して、様々な形で海水や地下水や土や大気と接触している。そして、最大の問題は、こうしている今も、多くの子供たちが放射性物質で汚染された地に住み続けざるを得ない状況に置かれていることだ。仮設住宅で、また遠く離れた地で、不自由な生活を送っている人々も少なくない。そして、高度に汚染された事故現場で作業に携わっている人々のことも忘れてはなるまい。





2012年8月12日 (日)

(K)さんの考え方

宜野湾市の米海兵隊普天間飛行場に隣接する普天間第二小学校は、世界一危険な小学校と言われている。その飛行場に世界一危険な垂直着陸輸送機オスプレイが配備されようとしている。オスプレイは1991年の初飛行以来主なものだけで、9回の事故を起こしており、この2年数ヵ月だけで3件の墜落事故を起こしている殺人飛行機である。沖縄県民が、こぞって配備撤回を求めているにもかかわらず、野田政権は沖縄に配備する方針を変えていない。まさにアメリカの言いなりの「沖縄差別」を象徴した姿ではないか。この4月10日、ここ第二小学校の入学式は米軍戦闘機による114デシベルという騒音によって中断を余儀なくされた。子どもたちの授業が100デシベルを超える騒音(電車が通る際のガード下に相当する)で中断することは日常茶飯事であり、教育を受ける権利が侵害されている。子どもたちは、比較的短時間で終わる戦闘機の騒音よりヘリの音の方が嫌いだと言う。騒音では表われないヘリ特有の長く続く低周波音が、より不快であるという叫びに耳を傾けよう。普天間にはオスプレイはもちろんヘリも戦闘機もいらないのだ。   羅針盤より



2012年8月11日 (土)

TPP参加は非常に危険だ

NPO日本消費者連盟共同代表の山浦康明さんの意見:TPPにおいては、21もの交渉分野で自由化が議論されている。鉱工業製品とともに農産物、食品などの関税をゼロに使用とする「市場アクセス」分野が大きな焦点です。しかし、貿易拡大のためには非関税障壁をなくすということも協議されており、政府調達(公共事業など)の門戸開放、サービス貿易の拡大、医療産業の自由化・国民皆保険制度への攻撃などとともに、SPS(検疫及びそれに付随する措置)協定やTBT(貿易の技術的障壁に関する)協定も最大限活用しようとしています。TBT協定はガットウルグアイラウンドにおいて94年に改定合意され、95年のWTO(世界貿易機関)発足と同時にそこに組み込まれた協定。工業製品の型式や食品の期限表示、原料原産地表示、有機農産物基準などをハーモナイズしよう(調和化)という内容を含有。TPPの協議の中でこのWTOのTBT協定を活用して「措置の同等」を求めようとする議論がされ、その結果コーデックスの表示に関して包装された食品に表示をするのは消費者が優良誤認するおそれがある場合に限る、などという狭い要件が世界標準になるかもしれません、また期限表示や原料原産地表示のルールも日本などとは異なり緩い基準ですが、その考え方を日本に押し付けてくる恐れ有り。今日本で消費者庁が進めている食品表示を統一化して消費者の選択権を確保しようという議論や、加工食品の原料原産地表示の拡大といった、消費者目線に立った改革論議も今、水をさされようとしている。また米国では遺伝子組み換え食品は既存の食品と同等ということで表示を義務化しないばかりか、表示をさせないルールがまかりとおっていますが、これをTPP加盟国の共通ルールとして、食品輸入国に押し付けようとしている。これはすでに米国とニュージーランド間で実際の紛争になっている。また韓米FTAにおいては、韓国の遺伝子組み換え食品表示義務化のルールを米国が抹殺しようとしており、韓国の猛反発をかっている。米国は、TPPは韓米FTA以上に米国に有利な条項を盛り込みたいとしています。このように、TPPの非関税障壁の議論は、各国の消費者が長年の戦いの結果勝ち取ってきた消費者の知る権利を奪い取ってしまうものであり、各国の主権を侵害するものです。





2012年8月10日 (金)

2012/07/14中村 哲さんの報告 ②

2010年8月に発生した大洪水はインダス河流域で甚大な被害を与えた。PMSの取水設備のいたるところで改修を余儀なくされた。しかし、2011年秋から川の水位が急速に下降、逆に渇水状態に見舞われた。このため、小麦の作付けを断念した農家が多かった。ヒンズークッシュ山麓全体で、従来はなかった気候変化が明らかに進行している。10月の局地的豪雨や5月の台風並みの砂嵐などは、以前は見られなかった。全体に動きが大きく、予測しがたい。2012年2月には渇水から一転して久々の豪雪と寒気がヒンズークッシュ山脈の東南部を襲った。だが、これは旱魃の終息を意味しない。気温上昇や夏の長雨で容易に河川が氾濫する。主にカーブル河本川で春の雪解けが洪水を成し、2012/04/20、ジャララバードが記録的な洪水に襲われた。ここは、2010年8月の洪水にも影響がなかった地域。アフガニスタン全土の気候変化とは、渇水と洪水の極端な同居、それに伴う取水困難と農業生産の低下が、直面する最大問題であることを改めて印象付けた。2011年は、欧米軍撤退への動きが加速。民間人の犠牲者が急増する一方で、外国軍兵士も規律の弛緩や自殺が目立ち、末期状態の印象だ。欧州軍を中心に撤退ムードが徐々に高まり、「治安権限移譲」地域がさらに増えた。東部アフガンのナンガラハル州では、PMSの活動地の殆どが対象地域となった。しかし、地上軍の移動が減っても、「誤爆」が日常的に続いており、市民の犠牲は減っていない。また、イスラム教を冒涜する心ない事件が相次ぎ、外国兵に対する反感は一層強くなっている。国軍や警察、官僚の育成は、欧米軍が浮足立ち、即席にはできない現実がある。少なくとも東部農村では、国家機能が、マヒ状態に近く、都市部の治安も更に悪化している。東部農村のプロジェクトは更に少なくなった。2011年5月、ビンラディンが殺害された頃、パキスタン国境沿いを中心に無人機爆撃が活発になった。反政府指導者が潜む場所だと判断されると、家屋や集落ごと葬り去るもので、巻き添えを食らった家族や市民の犠牲が膨大になると思われる。2011年秋、「友軍」であるはずのパキスタン部隊が国境付近で無人機に攻撃され、多大の犠牲者を出した。パキスタン政府はNATOの軍事物資の輸送拒否を以て応じ、無人機に対する抗議の声を強めた。これによって、NATOの軍事行動が著しく制約され、代ってタジキスタン経由の輸送が増加した。カイバル峠を越える補給路をめぐって、NATOとパキスタン政府との関係が一時緊張した。





2012年8月 9日 (木)

エアハルト・シュルツさん、最後に、日本の反原発運動にメッセージを

日本で反原発を唱える団体や個人の皆さんには心からくい意を表します。日本でも、再生可能エネルギーによって発電された電気を、一定の期間・価格で電気事業者が買い取ることを義務付ける特別措置法ができました。買い取りを拒否できる例外規定はありますが、再生可能エネルギー発電が進む可能性が出てきました。今後の活躍に期待しています。(2012/03/18)記す。




2012年8月 8日 (水)

著名人や宗教界の動きにも注目

一方、ノーベル文学賞作家の大江健三郎さんが原発からの速やかな撤退を求める声明を出したことは、ドイツでは非常に大きな反響がありました。社会的地位のある人は、こういう声をどんどん出してほしい。宗教界の動きも注目されました。福島事故後、ちょうどチェルノブイリ事故から25周年ということで、ウクライナの教会とフライブルクの80を超える教会が宗派を問わず、合同慰霊祭を行いました。それは当初、チェルノブイリ事故の犠牲者を偲ぶものだったのですが、悪い偶然か、福島の事故が起きたため、双方の犠牲者に追悼とお悔やみの言葉を送り、祈りをささげました。そして、すべての教会が声明を出し、「原発はいらない」「自然界には十分な再生可能エネがある」と訴えたのです。1000人以上が参加し、私(エアハルト・シュルツ)も慰霊式で、フライブルクの市民が主体となって行っている風力発電について話ました。教会でそういうことを話すのは初めてで、斬新な取り組みだったと思います。



2012年8月 7日 (火)

日本のメディアはいざ肝心なことには

ー日本でも再生可能エネへの関心は高まっていますがー。エアハルト・シュルツさんは各地で講演し、いずれの場所でも市民に強い関心を持ってくれた。檮原町では町役場が主催して津野山神楽という伝統舞踊を見るために古い劇場で公演させてもらい、町長と対談することもできました。自治体がドイツの環境活動家を公式に招き、一般のメディアが報じるということは大変重要で、喜ばしいことです。ただ、日本政府や東電の対応や原子力については、ドイツのメディアの方が根底から深く掘り下げ、追求します。ドイツでは40年間の反原発運動の歴史が一斉に報じられたほか、原発や放射能汚染に関する重要な情報の公開について、日本政府や東電に嘘、誤魔化し、遅れがあったことが強く批判されました。ところが当事者である日本のメディアは肝心なことを言っていません。これは信じ難いことです。メディアは大企業寄りにならず、自分たちの意見をもって、権力に屈することなく批判を強めてほしいですね。





2012年8月 5日 (日)

反原発運動はいつも、対案を示しながら

Q:どのような運動を展開してきたのですか。A:反原発運動と言っても、ただ声高に「原発はダメだ」を叫ぶだけでなく、他の選択肢を示すことの重要性があるのです。例えば、1976年から毎年、太陽光発電メッセを主催し、そうした技術があるということを市民に知らせてきた。自治体に対して批判し、意見を述べて、提案することはもちろんしてきましたが、同時に、自治体が果たしてきた役割や、原発の危険性、再生可能エネに関する市民の教育の機会も作ってきた。私は7つの風力発電所の共同所有者でもあり、バーデン=ヴェルテンベルグ州の風力発電協会で長年理事を務めていますが、市民が同協会の講習を受けて再生可能エネについて十分に学び、それを子どもたちに教えてきた。地方自治体は住民の要望にこたえて、再生可能エネの発展に力を尽くしてくれています。





2012年8月 3日 (金)

化石燃料は不安定である。それより低コストに出来る。

Q:原発からの撤退は可能でしょうか。A:ドイツの州政府は再生可能エネが発電量に占める割合を2020年までに38%に引き上げ、2050年には85%にすると公約しました。ドイツ全土に風力発電所を作れば、風力発電のみで全消費電力の65%が賄えるという試算もある。石油やウラン、石炭、天然ガスは限度があって、埋蔵量が少なくなれば値段が高くなってくる、今でも不安定な要素を抱える。それに比べれば、コスト面でもかなり安く発電できるのではないでしょうか。フライブルグでは2030年までにエブリンゲン地区(人口約2800万)の全体が100%再生可能エネで賄えるよう目標を定めました。背景には、この地域で40年以上の長きにわたって反原発運動が展開されてきたということもある。今では95%以上の住民が反原発を主張する。




2012年8月 2日 (木)

人間は原発と共存できない

Q:福島の事故後、ドイツは原発から撤退を決めましたが、その経過について教えてください。A:ドイツの環境政策を研究している名古屋大講師・青木聡子氏の論文で、なぜ日本の政府は原発政策から撤退しないのか、ということをかなり詳細に書いたものがあります。日本にはいまだに、原子力への変な夢を抱き、その夢から覚めることができていません。それは、ドイツは今後絶対に進みたくない道です。福島第一原発事故のニュースはドイツにもすぐに伝えられました。原発は未来永劫、人間と共存できないという警告だと、ドイツ国民は受け止め、国として原発から撤退を決定しました。政治家たちは1986年のチェルノブイリ原発事故後、一旦はそれに手を引くと約束した。しかし、また推進する立場に転じた。撤退を決定したのは、福島の事故が原子力政策を見直す新たな決定打となり、ドイツ国民の共同の運動力が働いたからだと思う。何もしなければ、エネルギー政策の変革は生まれない。当然の事です。住民運動が不可欠で、中でも大きな役割を果たしてきたのは、子どもを持つ母親たちです。国会議員に働きかけるにしても、連邦議会だけでなく、議員の自宅にも押しかけて「原発やめろ」「再生エネを進めるべきだ」と全部の政党に向かって訴えました。フライブルクがあるドイツ南西部バーデン=ヴェルテンベルク州(人口1073万)では2011/03/27に行われた選挙で、これまで原子力政策をとってきた政党が大敗北し、ドイツ社民党と緑の党の連立政権ができました。新政権は再生可能エネを推進する立場であることはもちろん、緑の党から州首相を出しました。これはドイツ国内でも初めてのことです。日本の国会で議席を持つ政党の中で反原発を唱える政党が少数派過ぎます。多数派の政党が推進する立場なのですから、これは由々しき事態です。すべての政党が原発をきっぱりやめると主張すべきだと思います。





2012年8月 1日 (水)

自分で考え、人任せにしない

Q:日本では原発を規制する機関が、原発を推進する経済産業省の中に置かれていたり、天下りなど、政府と電力会社の癒着が問題になっています。ドイツではそうした人事などを規制する仕組みはありますか。A:政府と電力会社が完全にぺったり状態なのは残念なことです。ドイツでも、一部の原子力産業と結びついた専門家が国の規制機関に入りこんで、言いたい放題言っている状況がある。しかし、それに対抗する批判的な学者も送り込んでいる。天下り等を規制する法律は今のところ無しだが、ドイツ政府が意見に偏りなく、批判を含めてあらゆる意見を聞きたいという姿勢なので、そうした法律がなくても公平に議論できる場は提供されている。この背景には、ナチスの時代に政府が国民に対して嘘をつき続けてきたという過去への厳しい反省がある。ドイツ国民は、自分で考えて、人任せにしません。特に公権力に対しては、そういうことはさせないと厳しく誓い、今日まで歩んできたということも大きな要因でしょう。自分個人について、40年にわたって反原発運動を展開してきましたが、自然科学の専門家でもあり、大学在学中には原子力エネの研究者でもあった。当時、国や行政に対してかなり批判的な質問をしたところ、国や行政の職員等はまともな返答が出来なかった。それで、原子力に関する政治は嘘や欺瞞が多いということに気づき、優れた技術者や学者と共に、原子力を推進する方向には進まないという決意を若い時代に固めた。





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