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2012年9月10日 (月)

戦争と医の倫理の検証 ①

ところが、それでもドイツ精神医学会が正式に犠牲者や遺族のための追悼式典を開催し、謝罪を述べるまでには、70年という気の遠くなるような時間が経過したのである。なぜ70年なのか。そして、たとえここまで時間がかかったにせよ、とにかく謝罪したことを私たちは評価すべきなのか。それとも、強制不妊諸術を受けた人もガス室で殺害された人の遺族もすでに多くが世を去った今になっての謝罪は評価に値しない、と考えるべきなのか。そのあたりについては、この問題を長年、追求し、早くから日本に紹介してきた精神科医・小俣和一郎氏が『世界』2012年4月号に掲載された論文に詳しく述べている(「いま医の倫理を問う意味ー『ナチ時代の精神医学ー回想と責任』をめぐって」)。この論文の中で小俣氏は、ここまでドイツの精神医学界が自分たちの過ちを正式に認めようとしなかった理由として、「同業者をかばい、批判することはタブー」とする医学の世界独特の「村的体質」と「患者から信頼され、治癒効果を得るために」という理由で正当化されてきた「医師の権威の保持」とが関係している、と説明する。「村的体質」については、たとえ明らかな医療過誤があった場合も、法廷に証言として呼ばれた医療関係者は徹底的に同業者を庇護しょうとする、といった事例でこれまでも知られてきたことだ。また最近では、福島原発の事故後、放射能の影響を警告する医師と「大丈夫」と言う医師がマスコミに登場したが、それぞれが議論したり相互批判を繰り広げる場面はほとんどなかった。胸の内はともかく、表面的には「向こうの先生には先生のお考えがありますし」と相手を過剰に尊重し、その領分には立ち入らない、という不可侵条約のようなものが医学界にはあることは事実。そして70年を経たとはいえ、今になって謝罪したことの価値についても、小俣氏は部分的に認めようとしている。今回の声明自体は、歴史研究家などによってナチ時代に精神科医が行ったことが白日の下にほぼ晒された現在、当事者である学会ももはや沈黙は許されない、という外圧に耐えかねてのものだったのかもしれない、とはいえ、声明には、ナチに加担した精神医学者の実名があげられている。





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