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2016年5月18日 (水)

停電、断水…病院襲った震度7 ①

前田晃志さん、林田賢一郎さん(ともに熊日記者)たちは、「熊本地震 連鎖の衝撃 医療・福祉・教育編」を書いている。コピー・ペー:
                    ◇           ◇
 ドーンと激震が突き上げた。4月16日 am 1:25 頃、益城町総領の東熊本病院、同14日の「前震」から電気が復旧せず、入院患者の転院作業を始めたばかりだった。2度目の震度7。真夜中に「本震」が襲った。暗闇を裂くように女性職員の悲鳴が響いた。余震が続き、建屋がきしむ。音が止まらない。屋外では土ぼこりが上がり、ガス臭も漂う。
 院内にはまだ約30人がいた。その多くが寝たきりの高齢者だ。「揺れたら、すぐしゃがんで」「名前が分からん」。現場は一気に緊張に包まれ、福岡などの災害派遣医療チーム「DMAT」を含む救急隊員らは搬出作業のピッチを上げた。
 同病院の永田壮一理事長(64)は近くに止めた車で仮眠中だった。前日から一睡もせず、ようやくまどろんだ時の激震。「とにかく、患者の命を守れ」。病院横に敷いたブルーシートの上に、患者が次々と運ばれてくる。冷え込む路上で、毛布にくるまれた患者たちは寒さと恐怖に震えた。搬送が終わったのは am 4時ごろだった。
 一方、益城町に近い災害拠点病院の熊本赤十字病院(熊本市東区)も、前震から続く混乱の渦中にあった。本震から10分もすると、手や足に止血のタオルを巻いたけが人が多数押し寄せた。車椅子の上で破水する妊婦も。職員がトリアージ(優先順位の判断)用の赤や黄、緑の札を患者に付けていく。「痛い」「助けて」とあちこちで悲鳴が上がる。
 この地震で、救命救急センターの電気設備が故障。自家発電に通じる一般外来棟の通用路にベッドや椅子、医療機器を並べ、治療が始まった。患者の状態は、壁に貼った透明シートに書き込まれた。
 県医療政策課によると、県内の214病院のうち、半数以上の112病院が被害を受けた。天井が落下し、水道管が破裂した施設もある。1477診療所のうち、328診療所も被災した。厚労省の調査では、少なくとも医療機関の8施設が建物崩落の恐れがある。一時、電気やガス、水道供給に問題が生じた施設は43施設に上った。
 震度7に2度も襲われた益城町では、17医療機関の半数が5月に入るまで通常診療に戻れなかった。上益城郡医師会によると、今もX線撮影装置などが使えない施設もある。
 地域医療は一時崩壊した。被災地を支えるために「DMAT」のほか、日本医師会災害医療チーム「JMAT」日本赤十字社の救護班などが初期から活動。1日に最大40チーム、200人以上が町内4カ所の救護所や巡回診療に投入された。
 当初は混乱もあった。町の医療対策本部が立ちあがったのは4月18日。災害保健医療益城調整本部として集約されたのは21日になってからだ。
態勢が遅れた要因には、被害が広範囲に及び、医療・行政関係者自らが被災したこともある。行政などに体制構築の余力はなく、上益城圏域の災害医療担当だった山都町の医師らは、同様に甚大な被害を受けた南阿蘇村の重傷者の対応に追われていた。調整本部長には急遽、上益城郡医師会長永田理事長が就き、阪神・淡路大震災を経験した兵庫県のJMATチームの指示を仰いだ。



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