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2016年6月 6日 (月)

熊本地震―――この人に聞く

益城町に開設されたテント村は、設置、運営を主導した野口健(42)さんは登山家であり、2000年から山に散乱するごみを減らそうと、清掃登山を続ける。彼にテント村の意義、避難所の課題について後藤幸樹さん(熊日)は、インタビューをする。コピー・ペー:
―テント村を設置した理由は。
 「きっかけは昨年の4月ネパール大地震。私はヒマラヤにいて、寝る場所がなかった。シェルパの表情が日を追って枯れていくのが分かった。人は快適に眠れる場所、帰る場所があって、初めて身心が元気になる。熊本地震が発生した直後、ネパールの経験を思い出した」
―運営で気を付けたことは何でしょうか。
 「多くの民間団体やNPO法人に協力してもらい、医療や衛生面を整えた。医療支援チームが常勤し、排せつ物を自動で巻き取る簡易トイレも設置した。日本一、笑顔があふれる避難所にすることが目標だった。運営に協力してくれた岡山県総社市の職員らがエネルギッシュで、子どもと遊んだり、大人の話し相手になったり、積極的に利用者と関わってくれた」
―初めてのテント村設置でしたが、手応えはありましたか。
 「日本の避難所はプライバシーが守られていない。間仕切りは布1枚で、広さも足りない。テントは1m間隔で設置し、プライバシーに配慮した。1世帯に5人用のテントと、ほぼ同じ大きさの日よけをワンセットで用意した」
 「屋内の避難所との不公平感があったかもしれないが、広々と快適に過ごせたとの評価をたくさんいただいた。海外の避難所は必ずベッドがあるが、今回全員に用意できなかったのは悔やまれる。民間による新タイプの避難所として、モデルケースになりうると思うが、テントを用意するだけではなく、日々の生活を支えるスタッフや物資が欠かせない痛感した」
―被災地の行政運営に何を望みますか。
 「最近、東京の知り合いから『まだ熊本は大変なのか』と聞かれた。地震から1カ月以上がたち、東京では関心が薄くなってきている気がする。被災地はまだまだ支援が必要なのに忘れられてしまいかねない。県や市町村は県外で積極的に現状を訴え、多くの人に関心を寄せてもらう努力を続けてほしい」
―今後、どのような被災地支援を考えていますか。
 「陸上競技場を穴だらけにしたので、修復作業のために募金を呼びかけるなど協力したい。被災地の現状は日々変化していくので、何が必要なのかを精査し、長く熊本とかかわっていきたい」




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