« ムーヴイーとイギリス史「日の名残り」 ② | トップページ | 「天災という宿命 第4 »

2016年7月21日 (木)

ムーヴィーとイギリス史 「日の名残り」 ③

続き:
 映画も小説も、現代史の画期の年を明示しながら進む。1933年にドイツでヒトラーが政権をとるのだが、その後のある夜、スティーヴンズが客のためにワインセラーに降りてゆくと、壁に「1914年のワイン50ダース、業者より買付」といった銘板貼ってあるのが見える。言うまでもなく、第一次世界大戦の開戦の年。緊迫の戦間期を挟み、20c.の「三十年戦争」(1914~1945)が始まった年と言い換えることもできる。また空白の20年を挟んで二人の間に文通が交わされ、再会するのは1956年夏だが、その7月にはエジプトのナセル大統領がスエズ運河を国有化し、「第三世界」の非同盟国として列強の支配に挑戦した。イギリス・フランス・イスラエルがこれに軍事介入して、国際世論の非難をあび、不本意の撤退、首相の辞任に追い込まれる。植民地主義の一つの終わりであった。
 スティーヴンズは主人の自動車(映画ではダイムラー)を借りてイングランド南西部のリゾート地に住むというケントン嬢を訪ねてゆく。彼女は今やベン夫人だが、娘は成人し、夫と別居している。途中に寄ったパブで、スティーヴンズは初対面の人々からチャーチルをどう思う、と質問責めにあう。だが、彼はそうした大物政治家を見知ってはいるが、自分の意見は持ち合わせていない。ご主人様に仕え、任務に殉じた人生あった。ダーリントン邸から来たと知った人々の目はきびしい。
 映画に頂点、20年ぶりの再会は、二人の思いの高まりにもかかわらず、半日で終わる。スティーヴンズが同志的な感情を抱いていた元家政婦長に、ダーリントン邸に戻ってともに働いてくれないかと持ちかけようというその日に、ベン夫人は娘が妊娠したことを知り、孫の養育を考え始めていた。万感の思いのあふれるような、どしゃ降りの夕立のなかで、二人は別れを告げた。
 時の移ろいは静かだが不可逆であり、ポプキンズ、トムスンの抑制のきいた、迫真の演技に、リチャード・ロビンスの音楽が加わる。「眺めのいい部屋」「モーリス」「ハワーズエンド」などでも、アイヴォリ監督は古き美しきイギリスで生きもがく男女を描いていた。因みにTVの連続ドラマ「ダウントン・アビー」(2010年~)は、第1次世界大戦の前後、変化の時代における貴族と、執事以下の使用人たちの人間模様を描くが、そのアイデアは「日の名残り」から得たようだ。
       http://masa71.com/       も、更新しました。




« ムーヴイーとイギリス史「日の名残り」 ② | トップページ | 「天災という宿命 第4 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: ムーヴィーとイギリス史 「日の名残り」 ③:

« ムーヴイーとイギリス史「日の名残り」 ② | トップページ | 「天災という宿命 第4 »