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2016年7月29日 (金)

「天災という宿命」 ⑥―<1>

姜 尚中さんの文章をコピー・ペー:
 大震災後に進められる災害復旧工事等の巨大事業の多くは、防災集団移転、土地区画整理、復興再開発などとともに、「人間の顔」をしたコミュニティーの再生を妨げる「復興災害」の面がないとは言えない。神戸の至る所に林立するマンション群と拡幅された道路を見る限り、「創造的復興」に相応しい「創造的コミュニティー」の復興はどうしたのか。疑問に思わざるをえない。
 この点は、東日本大震災の被災3県に及ぶ総延長400kmの巨大防潮堤プランも同じだ。
 トラックやブルドーザーがひっきりなしに動き回り、耳をつんざくようなメカニックなトーンが響く宮城県気仙沼市の海岸に建ち始めたコンクリートの防潮堤。のどかな港町の海の光景を、有無を言わせず遮断するような無機質な佇まいには寒々とした感慨しか浮かばない。雪交じりの北風が吹き寄せる中に巨人のような異物のようにそそり立つコンクリートの塊。それを創造するだけで、心がかじかんでしまいそううだ。災害復旧は行政の専権事項という名のもとに総工費1兆円規模の巨大事業が一方的に決まったと言われている。そこには官治集権の上意下達の意志が垣間見えるが、それがめぐりめぐって「創造的コミュニティー」の再生を阻んでいるとも言える。
 しかし、阪神・淡路大震災から導き出される教訓は、国を中心とする「公助」の限界であり、行政や公的機関だけでなく、NGOやNPO、さらに地域コミュニティーといった広義の市民社会の力量が試されていることである。





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