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2016年11月14日 (月)

明治時代の熊本地震で、被災克明に、石垣7割で今回と重複したところがある

飛松佐和子(熊日)さんのレポート :コピー・ペー
 熊本市は2016/11/02、に1881年(m-22)の熊本地震による熊本城被害状況を纏めた宮内庁所蔵の「震災ニ関スル諸報告」の内容を明らかにした。石垣や櫓などの被害を詳細に記載した唯一の史料で、その公開は初めて、この時の石垣被害箇所のうち77.1%が今年の4月の熊本地震でも重複して被災しており、今後の復旧を進めるにおいて、重要な情報になりそうだ。
 熊本城調査研究センターによると、同報告(縦28cm 横19.8cm)は40丁あり、末尾に城内の被災図がとじ込まれている。宮内庁書陵部宮内公文書館に所蔵されていた。
 当時、熊本城内に駐屯していた陸軍第六師団が明治天皇への報告としてまとめた。前半は医療機器や薬品の被害、後半は城内の施設と櫓・門・塀・石垣の状況を記している。
 同報告書によると、石垣は69ヵ所が被災。同センターが明治時代の積み直し部分として確認している1ヵ所合わせると、崩落や膨らみ等の面積は石垣全体の11.2%(約8802㎡)に当たる。今回の熊本城の被害面積は、この2.7倍あったが、重複した部分について同センターは「大規模な地震に耐えられない弱い部分と思われる。城の復旧において安全性の検討等に役立つと考えられる」としている。
 明治の地震における熊本城の被害は、熊本県の史料や新聞記事などの情報しかなかった。同報告により、「数寄屋丸五階櫓台南面」「東三階櫓台北面」等の被災も分かった。今後は、櫓についての分析を進めるという。
 同報告は2016年7月、宮内庁職員から熊本大学文学部の三澤准教授に情報が寄せられ、熊本城調査研究センターが共同で調査したと。





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