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2016年12月31日 (土)

二重、三重、四重の辛苦の2016年だった

2016/12/30、熊日社説記事をコピー・ペー:
 「自然の脅威を痛感した」。28日の年末記者会見で蒲島郁夫知事はそう振り返った。未曽有の震災に翻弄された2016年が過ぎようとしている。
 4月14日21:26、ごろ、熊本地方を震源として(M)6.5の地震発生。16日1:25ごろにも(M)7.3の地震あり、益城町ではいずれも震度7を記録した。同じ地点で震度7を2回記録したのは気象庁の観測史上初だった。
 これまで建物倒壊などによる直接死が50人、避難所で体調を崩すなどした関連死は116人に上っている。県の9月の被害額試算によれば、住宅被害は全壊約8100棟、一部損壊を含めた被害は約17万棟に及んだ。1回目を上回る規模のM7.3の地震で家屋の倒壊が相次ぎ、多くの死者が出た。柱や壁などの構造物が連続での激震に耐えられなかった。
 宇土市役所や益城町役場など、住民支援の拠点となる公共施設も損傷。ライフライン、交通インフラもずたずたになり、広域で断水が続き、ガスの供給が止まるなど市民生活に混乱をきたした。
 揺れはその後も続き、ピーク時には約18万3千人が体育館などの避難所に身を寄せた。避難生活は長期化し、自宅倒壊を恐れた多くの住民が長期間車中で寝泊まりを続けて、「エコノミー症候群」を発症させるなど体調を崩し持病を持った高齢者らの関連死が増加した。「救えた命」は幾つもあったと思うと悔やまれる。今回のことを教訓に災害に強い町づくりは決意を新たにしたい。
 11月までに応急仮設住宅の建設が終わり、すべての指定避難所が閉鎖された。県の集計によれば、熊本地震で損壊した自宅を離れ、仮設住宅や公営住宅で暮らす被災者は約4万1千人に上る。熊本県民の43人に1人が”仮住まい”を続けている勘定だ。
 復興への足取りを確実にするためには、こうした被災者が将来、安心できる住まいを確保できるようにすることが求められる。
 住宅を再建したくても経済的に余裕が無い被害者も多い。二重ローンで苦しまないようあらゆる手だて講じたい。災害公営住宅の入居を望む被災者には個々の事情に寄り添うことが大事。
 被災自治体が復興への取り組みを着実に進めていくためには、財源について不安を抱かないようにすることが不可欠だろう。被災自治体は東日本大震災と同様、国に特別立法による長期的な財政支援を要望しているが、政府は「特別立法はなくても、現行法で十分対応できている」との立場を崩していない。だが今後、国の支援は景気動向などに左右される懸念もある。
 28日には茨城県北部で震度6弱の地震があった。地震列島日本では、いつどこで大きな地震が起きても不思議ではない。熊本地震を機に、天災から国民の生活を守るために財政面での恒久的な枠組みの検討も必要ではないか。
 6月には県内を豪雨が襲い、地震に追い打ちをかけた。相次ぐ揺れで地盤が緩んでいあたところもあったはずだ。各地で土砂崩れが相次ぎ、熊本市など4市町で6人が死亡した。10月には阿蘇中岳ダ1火口が36年ぶりに爆発的噴火を起こし、噴煙は観測史上最高の11,000mにまで達した。この12月は南関町の養鶏場で高病原性鳥インフルエンザが発生、防疫措置に追われた。――― 振り返って改めて思う。自然の脅威に対し、私たちはもっと謙虚にならなければ、と。哀しみと不安の連鎖におののいていた経験を心に刻み、2017年は、復興への歩みを確実なものにしたい。


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