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2017年2月17日 (金)

家屋修復へ負担重く―― 新町・古町地区

中原功一郎(熊日)さんのレポートをコピー・ペー:
 城下町の面影を残す熊本市の新町・古町地区の町家は「生活の場」であり、未指定の「文化財」でもある。その街並みも深刻な熊本地震の爪痕が残り、城下町消失の懸念する声も聞かれる。2017/02の初旬、ここ一帯の景観保存に取り組んでいる「熊本まちなみトラスト」の富士川一裕(65)事務局長とレポーターは歩いた。
 「昨年12月から空き地が増えた」。間口が狭く奥行きが深い町家の跡を見て、富士川さんの顔が曇った。明治から昭和に残った町屋は、地震前に360軒あったが、その多くが被災してしまった。約1割が既になくなったという。
 電車通りに面した明治13年(1880)創業の安田ふとん店(新町)を訪ねた。外見上、被害は見えにくいが、全壊状態で、2階建て店舗兼母屋は傾き、梁の一部が落ちている。営業はしているものの、1階の店舗には入れない。建築修復には4、5000万円は要するという。
 敷地内のプレハブで暮らし、離れを住居に改修している5代目安田憲世(67)さんは「専門家に『価値がある』と言われ解体をとどまった。復旧を支援する行政の動きは見えない。借金は背負えない」。富士川さんも複雑な表情を浮かべた。
 段山トンネル近くの自転車店河島サイクルは、築80年の町家を昨年12月に解体、3月中に店を建てる考えだ。そばのプレハブを借りて営業している店主河島幸典(59)は「光が少しずつ見えてきた。生まれも育ちも新町で、この町の人情が好き」と笑った。
 ただ、界隈を歩くと、地震前に何が立っていたのか、富士川さんでさえ思い出せない更地もある。解体を控えてか、空き家になった町屋もある。富士川さんが「新町・古町の顔」と呼ぶ「吉田松花堂」(新町)や「清永本店」(西唐人町)なども著しく被災している。歴史的価値がありながら、復旧費が何億円と巨額で、自己負担では賄えない人もいる。昨年11月、所有者で連絡協議会を立ち上げ、熊本県などに支援を訴えている。
 未指定文化財の復旧を助成する公的制度はほとんど無い。県が昨年10月に設置した「被災文化財等復旧復興基金」には約26億5000万円の寄付が寄せられているが、配分対象は決まっていない。
 城下町は地震を乗り越えられるのか。再建を期待する和菓子店など踏ん張る人もいる。富士川さんは「仮に町の形が変わっても、そこに住み、働く人が離れなければ町は残る。大きな岐路に立っている」と話した。




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