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2017年2月12日 (日)

熊本地震に歯科医師会はどう動いたか ⑤

続き:
JMATチームに帯同して活動した経験から――― 鹿児島県歯科医師会副会長 西孝一
 4月14日熊本地震ではまず自衛隊が出動し、翌15日にはDMATが活動開始。その後、厚労省より日本医師会にJMAT出動の要請があり、全国第一陣として鹿児島県医師会には4月17日~5月1日の期間で被災地2地区に出動要請があった。
 熊本・鹿児島県歯科医師会は災害地救護医療等に関して震災前年の昨年(2015年)12月に災害時相互応援の協定を締結していた。鹿児島県歯科医師会は災害応援に即応した適切、迅速な応援活動の準備をしていた。しかし、行政からの救護班の要請が届かず、待機状態が続いた。そこで鹿児島県医師会に歯科としてJMAT参加願を提出し、即断即決された。鹿児島県歯科医師会はDMAT活動地域の一つであった宇土市にJMATチームとして派遣された。
 JMATの出動初期においてはDMAT同様に急性期対応をする場合もあり、移動、食事等も自己完結型が原則。車中泊も考慮の上で、人選の結果、意識が高く、積極性があるメンバーが揃った。チーム連携も良く、被災者のニーズに対応ができた。
 鹿児島県医師会は派遣期間中、臨時会合を重ね、体制の整備強化に努めた。その骨子は①現場の指揮命令系統統一、②後方支援体制、③鹿児島県医師会との連絡・調整役の配置等のロジスティックに関すること等であった。その他感染対策チームの派遣もその一つであった。
 JMAT統括はDMAT派遣で現地経験のあるドクターが担当し、調整担当事務職員と指揮にあたった。これが奏功し、統制のとれた円滑な支援活動ができた。
 県歯チームは統括ドクターとは災害関係事業で日頃より連携があって、歯科第一陣は情報収集と被災者アセスメント票作成等自由に行動ができた。これは後陣の活動基盤となった。JMATミーティングは1日3回開催し他職種との意見交換と情報共有化をし、問題解決に繋げ、機能的なJMATへとなっていった。
 震災1週間後の時期の宇土市ではほとんどの歯科医院が稼働しており、救護歯科医療は連携して対応できた。高齢被災者の訴えは口腔粘膜や義歯関連であった。口腔清掃不良被災者では誤嚥性肺炎も懸念された。被災者は我慢強く、被害の大きさをよみとれた。被災者支援には他職種との連携はもとより支援終結までの時間軸での配慮が重要であると感じた。被災地の一日も早い復興を願っている。
 




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