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2017年2月20日 (月)

絶対貧困と相対貧困 ③

続き:
◆相対的な貧困の「発見」
 そうした中で体重の増減では無くて、一般的な消費水準や所得水準との関係で貧困を捉えようとする試みが生まれる。相対的な貧困である。そうした試みの先駆者であったピーター・タウンゼントとブライアン・エーベルスミスは、当時の公的扶助基準に住宅費を加算した額の140%未満の収入しかない層を貧困層、100%未満を極貧層と定義し、それぞれが1950年代に増加していると主張した。「貧困の再発見」である。この基準による貧困は人々の生活水準が上昇すると、貧困の定義も変わるということを示す。とはいえ、この貧困基準では、人々の生活スタイルや生活の質までは考慮に入らない。そこで登場したのが同じくタウンゼントの「相対的剥奪としての貧困」という考え方。
 社会学に準拠集団(個人の行動に影響を及ぼす集団)についての理論がある。第二次世界大戦中のアメリカ兵のモラールを調査する中で、兵士は自分の置かれている状況を自分自身の基準によって評価するのでなくて、自分が気になる集団との比較によって評価している事例が多数見つかった。例えば「招集された既婚の兵士は、未婚の兵士と比べて自分の方が大きな犠牲を求められていると思い、まだ招集されていない既婚の友人と比べて、友人は犠牲を逃れている」と考えている。等々。
 この研究を受けて社会学者マートンは、あるひとが「剥奪感」を抱くか否かは、そのひとの置かれた客観的な状況によるのではなく、自分が基準においている集団との比較によって決まると考えた。「剥奪」は、日常的な日本語の文脈ではわかりにくいが、要するに「当然であってしかるべきものが、奪い去られる状態」といった程度の意味。
 タウンゼントはこの準拠集団の理論を発展させ、貧困の概念に応用した。それぞれの社会で標準的となっている生活スタイルがどれくらい剥奪された状態にあるか(相対的剥奪)といった観点から貧困の基準を設定したのである。例として「子どもの誕生日パーティをしなかった」「家に冷蔵庫がない」「朝食を調理したものを食べていない」といった剥奪指標を設定し、収入との関係でそれら剥奪指標の統計の増減を測った。当然、収入が減ると剥奪状態が増加。重要なことは、収入減少が単に剥奪指数を引き上げるだけでなく、収入が一定の水準を下回ると、相対的剥奪の水準が急速に高くなるということが明らかとなったこと。量の変化が質変化をもたらす点を発見したことになる。この剥奪が急上昇する所得水準は貧困線とみなすだろう。日本でも同様の現象が在ることが平岡公一さんや安倍彩さんによって実証されている。
 「相対的剥奪としての貧困」という考え方は人々の生活の質を考慮に入れており、しかも人々の直感に訴えることから、研究者間では、概して好意的に受け入れられた。しかし生活スタイルはそれぞれの社会や文化において異なっているため、この概念を用いた国際比較は難しい。
 そこで、貧困の国際比較を行う場合には、OECDによる相対貧困率を用いるのが一般的である。相対貧困率は、世帯の可処分所得を世帯規模で調整した値(等価可処分所得)を低い方~高い方へ順番に並べ、その真ん中にくる値(中央値)を算出したうえで、その一定割合(50%とすることが多い)を貧困線とし、これを下回る人口が総人口のどれくらいであるか、ということを示す指標である。日本の相対貧困率OECD諸国のなかで、メキシコ、トルコ、アメリカに次いで高いということが明らかにされたのが2006年の「対日経済審査報告」であった。
 
 




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