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2017年5月22日 (月)

電通事件 ①

本間龍(著述業)さんのコピー・ペー:
 2016年9月末に新入社員自殺が労災認定された件に端を発した「電通事件」は、11月に労働局による強制調査、12月に「ブラック企業大賞」認定、そして年末の書類送検で社長辞任と燎原の火の如く燃え広がり、「広告業界のエクセレントカンパニー」の企業ブランドを完全に崩壊した。これほど短期間にブランドイメージが崩壊した例は、原発事故を起こした東電くらいしか。だが悪質な「法令違反企業」として認定されたこの電通が、今後もわが国の浮沈を左右する大イベントを担当していくことに変わりはない。
 この稿を書いている2017/03/20、現在、検察はまだ電通を起訴していない。しかし労働局は書類送検時に「重い処置を要請する」としており、起訴はほぼ間違いない。それを見据えて電通社内では様々な改革がなされているようだが、「鬼十則」をテーゼとしてきた世代が経営陣に残っている限り、大変化は望めないだろう。
 だがブラック企業の烙印を押されても、2016年12月迄の電通の業績に変化はなし。2017年2月に入るとJRA、滋賀県、和歌山県、京都府などの業務指名停止処分なども始まったが、特に株価への影響はない。とはいえ、さすがに17年度は減益を余儀なくされるだろうが、それもさほど大きな金額にならないと予想されている。直接消費者を相手にしていない電通は、不買や批判を受けにくく、今はただひたすら嵐の過ぎ去るのを待っているかのようだ。
 だが、売り上げは別として、今回の騒動で電通が失ったブランド価値はとてつもなく大きい。そもそも事あるごとにスポンサー企業に「ブランド価値の向上」を説く電通自身のブランド価値が地の堕ちていて何の説得力もなく、面目丸つぶれだ。さらに、電通はスポンサー企業に対し不祥事対策用の危機管理施策を販売してきたが、自社の不祥事の危機管理が全くできなかったのだから、今後はその方面の売り上げも見込めないだろう。
 何よりも、完全に「法令違反企業」というレッテルを貼られたのが痛い。電通が鬼十則を規範としたモーレツ会社だということは薄々知られていたが、まさか刑事追訴を受けるほど悪質とまでは認識されていなかった。それが今回の書類送検によって、国からの悪質性を「認定」されてしまったのだ。特に公共の業務も多い電通にとって、このダメージはボディーブローのように効いてくるだろう。
 今後は事あるごとに「法令違反企業に公共の業務を任せて良いのか」という批判がつきまとう。電通もそうした仕事はしばらくの間、控えたいと思うだろう。しかし、電通自身が隠しておきたくても、今後同社が大きく関わる巨大なイベントが二つある。それは2020年の東京五輪と、安倍晋三首相が執念を燃やす憲法改正国民投票だ。そしてこの二つこそ、電通にとって巨額の利益が見込める大イベントである。
 まず3年後に迫った東京五輪だが、電通はJOCから専任代理店に指定されていて、マーケティングに関する全ての業務を独占的に扱っている。スポンサー企業との契約窓口やあらゆる五輪関係広告の制作、開会式を含む競技の実施とTV放映権など、その利権範囲は非常に広範囲に及んでいる。また、これから全国で行われる様々な五輪歓迎イベント、五輪直前に各国選手団が合宿する市町村(ホストタウン)の運営等、すべてに関与している。
 つまり東京五輪とは最初から最後まで「電通の、電通による、電通のためのオリンピック」なのだ。そこに博報堂やADK(アサツディ・ケイ)は全く関与できず。
 電通は30年以上にわたってIOC(国際オリンピック委員会)と太いパイプを築き、歴代五輪の日本における放映権などの権利責任社だった。だから東京五輪はその集大成であり、他社を排除するのも当然だという見方もあろう。
 しかし、この一極集中はあまりに異常である。リオやロンドン五輪のスポンサーはいずれも13社程度で、集めた資金も1500億円程であったのに対し、東京はすでに42社4000億円近くを集め、さらにまだ上積みしようとしている。また、朝日・読売・毎日・日経の全国紙四紙が揃ってスポンサーになっているのも異常な光景だ。日本の大手企業と新聞社がこぞって参加するのは、まるで大政翼賛会のようで気持ちが悪い。これでは五輪のネガティブ記事など一切でてこなくなるだろう。
 だがここで、原点に戻って考えてみよう。そもそもあのような法令違反企業に「公正・クリーン・フェア」を旗印とする五輪を取り仕切る「資格」があるのだろうか。オリンピック憲章第一章には「オリンピック・ムーブメントは、スポーツを通じて、友情、連帯、フェアプレーの精神を培い相互に理解し合うことにより世界の人々が手をつなぎ、世界平和を目指す運動」とある。しかし電通という企業の内実は、友情・連帯・フェア精神からはほど遠い、過酷労働とパワハラが蔓延し、その結果何人もの社員が自殺に追い込まれてきた、いわば「アンフェアの極致」ではなかったか。
 しかも数年に亘って行政指導を無視し、今回の新入社員自殺事件にも、最初は誠実に取り合わなかった。およそフェアという精神と真逆の指向性を持つ集団なのだ。そのような企業に世界中から多くの人々が集まる平和の祭典を独占させるなど、完全なブラックジョークだ。しかしそうした批判をものともせず、JOCはこれまで通り全て「電通にお任せ」する姿勢を崩していない。そしてさらに、10万人が必要とされる五輪ボランティアをタダで使い倒そうと画策しているのだ。



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