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2017年7月21日 (金)

南スーダンの暴力 ①

今井高樹(2007年にJVC入職)さんは、南スーダンの現地の状況と日本の南スーダン支援について考察したいと、……コピー・ペー:
 南スーダン共和国(以下南スーダン)に国連平和維持活動(国連PKO)に参加するため派遣されていた自衛隊は、5月末をもって全部隊が撤収をを終えた。
 日本政府は「南スーダンの国づくりが新たな段階を迎えている」ことを撤収理由のひとつに挙げていた。しかし実際には「新たな段階」へ進むどころか、人道危機はより深刻さを増している。戦闘は各地で継続し、国内避難民と難民の総数は400万人に迫ろうとしている。国民のおよそ3人に1人である。食料不足はほぼ全土に覆い、国連が「飢饉」と認定した危機的な状況に10万人が瀕している。
 私(今井)は、ジュバで戦闘が起きた2016年7月以降、3回にわたり人道支援活動を実施するため現地を訪問した。日本人の渡航が外務省によって制限される中、自衛隊や大使館関係者を除けば、現地に足を踏み入れた数少ない日本人のひとりである。本稿では、南スーダンの内戦のバックグランドを概観した上で、自分(今井)が見聞きしたことを交えて現地の状況をお知らせするとともに、自衛隊撤収後の日本の南スーダン支援について考えてみたい。
 スーダンは1956年独立後、国の南部を中心とする反政府勢力と北部を基盤とするスーダン政府との間で約50年にわたる内戦が続いた。その結果、和平合意に基づく住民投票を経て2011年に南スーダンは独立を果たし、世界で一番新しい国連加盟国となった。
 内戦の間、南部の反政府勢力は一枚岩だったわけではなく、内部で激しい分派闘争が繰り広げられた。この時の主流派、南スーダン最大の民族集団であるディンカ人に基盤を置くグループが、現在のサルバ・キール大統領派(以下キール派)につながっている。反主流派はいくつか存在したが、有力なものは第二の民族集団であるヌエル人に基盤を置くグループで、これが現在のリアク・マシャール副大統領派(以下マシャール派)に引き継がれている。それぞれのグループ内部も、より細かな武装グループにわかれていた。
 南スーダンには50とも言われる民族集団が存在し、ディンカ人、ヌエル人以外の民族集団を基盤とする武装勢力もあった。それらはディンカまたはヌエルと連合を組むこともあれば、第三勢力として存在することもあった。武装勢力の多くは、周辺国をはじめ諸外国、あるいはもともとは「敵」であるはずのスーダン政府との接触を持ち、資金や武器などの援助を受けて勢力を伸長した。
 2011年の独立を前に、ほとんどの武装勢力は主流派に合流し、そのリーダーたちが政府や与党内のポストを分け合う形で政権が確立した。しかし、独立から時間が経過するにつれて相互の利権争いが激しくなり、2013年には、次期大統領選への出馬を表明したマシャール副大統領(当時)が大統領から解任される。そして、同年12月には国軍がキール派とマシャール派に分裂(実際には元から統合はされていなかった)、全面的な内戦状態に突入していった。
 ここで注意する必要があるのは、キール派はディンカ人、マシャール派はヌエル人が主体であるものの、ディンカ人の政治・軍事リーダーが全てキール派についたわけではない、ということである。マシャール派についたディンカ人政治家もいれば、その逆のパターンもある。また、その他の諸民族集団のリーダーたちはディンカ、ヌエルの二大勢力に加わることが多かったが、常に離合集散を繰り返していた。
 つまり、個々の政治・軍事リーダーたちは、それぞれ自分の利害関係を考えて「どちら側につくか」を決めるのであり、民族集団ごとに分かれる傾向はあるものの、必ずしも民族をベースに争っているわけではない。
 しかし、リーダーたちが兵員や民兵集団、武装した住民グループ、そして大衆を動員する際には、「民族感情」に訴えるほうが「効果的」である。2013年にジュバで最初の衝突が起きた際には、「自分を追い落とそうと仕組まれたクーデターだ」とするキール大統領の発表を皮切りに「これがヌエルによるディンカへの攻撃だ」というプロパガンダ急速に広まり、ジュバでは武装したディンカ人によるヌエル人の虐殺が始まった。
 戦闘は瞬く間に地方部に広がり敵対感情はエスカレートしていった。ディンカ人によるヌエル人の虐殺、そしてその逆の事例が各地で報告された。
 私(今井)の友人の南スーダン人(彼自身は少数派民族集団に属する)は、「民族対立というのは、紛争の原因ではなくむしろ結果なのではないか」と私(今井)に語っていた。「ディンカとヌエルだって、小さな争うごとはあっても隣人として千年も共存してきた。こんなに憎しみ合うようになったのは、内戦のせいでないのか」





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