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2017年7月23日 (日)

南スーダンの暴力 ③

続き 
 今年2月、国連は南スーダンの食料危機に就いて国際社会に警告のメッセージを発した。
 3月、自衛隊の宿営地からほど近い「マンガテン国内避難民キャンプ」を訪問すると、集まった女性たちは「子どもが3日間何も食べていない」などと口々に訴えてきた。
 国連など援助団体による食料配布は半年以上も停止していた。同行した南スーダン政府職員によれば、「あまりに人道危機が多すぎて、対応しきれない」らしい。飢えを凌ぐため、住民は3時間歩いて採集したという野草を調理していた。現金収入を得るため母親たちが市場に出掛けて食器洗いや掃除の仕事をしても、1日の賃金は100南スーダンポンド程度(日本円で約70円)主食のトウモロコシ粉をカップ1杯も買うことが出来ない。内戦で石油が産出できず外貨不足にあえぐ南スーダンでは、通貨価値が下落して年率500~800%のインフレが続いている。しかし、物価上昇に対して、日雇い労働の賃金相場はとても追いつかない。避難民をはじめ貧困層の購買力は落ちる一方だ。
 キャンプ内で私たちが実施した食料支援も量に限りがあり、人びとの困難は続いている。
 ジュバ市民の不満も爆発寸前である。4月は、インフレや公務員の給与遅配に抗議するデモが計画されたが、これを封じ込めるため、デモが予定された道路は軍によって3日間にわたり封鎖された。
 民族間の敵対感情が高まり生活の不安定性も増す中で、昨年12月、キール大統領は国民の和解に向けた「国民対話」を進めると発表した。日本政府が自衛隊撤収理由に挙げた「政治プロセスの進展」とは、この「国民対話」を指している。
 しかし、3月に開始予定だった「国民対話」は5月末になっても始まっていない。予算不足、「国民対話委員会」の人選の遅れ等々の理由だが、そもそも「国民対話」については国民各層から批判が強いのだ。民族間融和を図る上でこれまで大きな役割を担ってきたキリスト教会のリーダーたちも、必ずしも協力的ではない。「国民対話」のプロセスはマシャール派など反政府武将勢力を完全に排除しており、私(今井)が話した教会関係者は「マシャールを呼びもせず、いったい誰と対話するつもりなのか」とハッキリと疑問を呈していた。このまま「国民対話」が実施されても、内戦終結につながる効果は期待できそうにない。
 キール大統領の足元も揺らいでいる。
 今年2月、キール派の政府軍司令官、トーマス・シリロ中将が辞任した。エクアトリア地方出身である彼は辞任にあたって書簡を公表し、特定の民族集団(ディンカ人)の排外主義に基づいて国家が運営され、政府軍が他の民族集団を殺戮し土地から放逐していることを、厳しく告発している。
 3月に入るとシリロ氏は新たな政治勢力を結成、5月には武装闘争も含めてキール政権を打倒すると宣言した。遠く南アフリカに滞在するマシャール氏が求心力を失う中、シリロ氏の勢力に合流する中小の武装勢力も現れている。
 日本政府は自衛隊撤収の発表の中で、南スーダンへの支援を続けると強調しつつ、「国内の安定に向けた政治プロセスに進展が見られて」おり、「南スーダン政府による自立の働きをサポートする方向に支援の重点を移す」としている(3月10日「UNMISSおける自衛隊施設部隊の活動終了に関する基本的な考え方」)。しかし、現地の状況はこれまでのような、この文書に書かれている内容とは程遠い。―正反対と言ってもよい。
 避難民キャンプの母親たちは「早く争いを終わらせてほしい。安心して暮らしたい」と何度も訴えていた。「そのために、国際社会には手助けしてほしい」と今井に訴えてきたジュバ市民もいた。
 日本政府は、まず「国内の安定に向けた政治プロセスに進展」という認識をハッキリと変え、内戦状態が継続していることを認めた上で、停戦と和解に向けた国際社会の取り組みに協力すべきではないか。
 国会において政府は「南スーダンは紛争状態ではない」という答弁を繰り返してきたが、それが自衛隊派遣を正当化するための「方便」であったことは多くの国民が気づいていた。派遣が終了した今、政府は過去の見解に拘泥する必要はないだろう。





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