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2017年7月24日 (月)

南スーダンの暴力 ④

続き :
 南スーダンの反政府勢力の中ではシリロ氏の勢力が台頭しつつあるが、このグループはマシャール派との連携を表明している。その流れで、これまでにはなかった反政府勢力間の連合体が形成される可能性が出てきている。
 他方、仲介役を担ってきた周辺国はキール政権に「自主的な停戦」を呼びかけ圧力をかけてきた。キール政権がそれに応える形で「自主停戦」を宣言したのが、5月中旬までの最新の動きである。自主停戦の実効性に疑問は残るが、いずれにせよ現地は雨季に入っており、数ヵ月にわたって軍事行動は鎮静化するだろう。
 これを機会に、停戦中のキール政権と反政府勢力の連合体との間で和平に向けた何らかの折衝が行われると考えるのは、楽観的ではあるものの、その可能性はないとは言えない。
 当事者同士の和解に向けて日本が仲介を主導することは現実味に欠ける。しかし日本にはキール政権と反政府勢力の双方から比較的中立とみなされている強みがある。さらに仲介にあたる周辺国(エチオピア、ウガンダ、スーダンなど)との良好な関係を活かせば、何らかの側面支援を行うことは十分に可能だろう。非公式な協議の場の設定から仲介交渉のための財政支援まで、考え得ることはあるはずだ。
 避難民の増大や食料難の中、現地での人道支援は言うまでもなく必要であり、私(今井)自身も継続して取り組んでいきたい。同時に、停戦が実現した後の将来を考えれば、国づくりの基礎となる人材育成は何より重要だろう。南スーダンの政府は、土地収奪の問題をとっても、人びとが「公正」と思える存在からあまりにかけ離れている。長期的な課題にはなるが、皆が「公正」と思える政府を作るために、それを担う行政職員に対して、人権や法律の知識を含めた研修による人材育成を行ってはどうか。異なる民族集団がともに研修を受けることができれば、そこにも意味があるだろう。
 その際、見落とされがちな、地方政治の行政官の育成も忘れてはならない。戦争で荒廃した社会の再建において、首都の発展よりも地方部における人びとの生活の建て直しを重視すべきである。南スーダンには元来、農耕、牧畜、漁労、自然資源の採集などの豊かな生業経済がある。人びとが自分の土地に戻って生業を再開できれば、食料難のかなりの部分は解決されるはずだ。公正な地方政治が存在し、紛争中に起きた土地問題の解決や地域レベルでの和解を進めることは、とりわけ重要である。
 自衛隊撤収が決まってから、日本国内では南スーダンへの関心が急速に薄れている。しかし危機はむしろ深まっている。
 現地の情勢を知り、日本が今後どう関わっていくかを、これまで以上に考えていかなければならない。





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