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2017年9月17日 (日)

政治の道具と化す警察 ① 

河邉克郎(ジャーナリスト)さんは、40年近く日本警察をウォッチしてきた。コピー・ペー:
 戦後の日本警察と政治とのせめぎ合いは特段珍しいことではない。しかし、加計学園問題を機に批判が集中している安倍晋三首相の”忖度”政治に、警察官僚たちまでもが汚染されていたことは、極めて深刻な事態である。
 将来の警察庁長官候補と目されていた中村格警察庁刑事局組織犯罪対策部長(1986年採用)が、警視庁刑事部長だった2015年、安倍首相と昵懇の元TBSワシントン支局長に対する逮捕状の執行にストップをかけたことが「週刊新潮」(2017/05/18号)の報道で明らかになった。
 さらに、加計学園問題の真相解明のキーマンとして登場した文科省の前川喜平前事務次官のスキャンダル捜しのために、警察情報が政治利用された疑念も一気に広がった。
 中村氏は、民主党政権から、自民党安倍第二次内閣に交代してからも官房長官秘書官として仕え、とりわけ菅義偉官房長官から絶大な信頼を勝ち得ている。通算在籍6年間のご苦労をねぎらう意味で、安倍官邸は中村氏の同期が就いていた警視庁刑事部長ポストを指定して送り出したほどであった。
 政治的中立性を要求される警察官僚にとって、「6年は余りにも長い、政治色が付き過ぎる」として、警察庁もこの間、人事異動の季節が近づく度に、官邸からの”中村救出作戦”と称し、本庁総務課長や指定職の警察本部長ポストなどを用意して画策しているのを何度となく見聞きした。しかし、いずれも失敗に終わった。
 刑事部長になった中村氏は、あろうことか、捜査の第一線で公正な指揮を執るべき刑事部長であるにもかかわらず、「官邸のご意向に忖度して、官房長官秘書官の如く事件対応に当たり、マスコミの取材にも『(逮捕の必要がないと)私が決裁した』と言い放つ」(警視庁幹部)など、致命的なミスを重ねた。警察のトップ・リーダーを目指すにしては、余りにも脇が甘すぎたようだ。
 しかも今回の”忖度”が二重の意味で悲劇的なのは、報告を受けた当時の高綱直良警視総監が、、事件処理を「良しとしていた」(大手新聞紙記者)といわれていることである。高綱氏は、中村氏と同じ刑事警察人脈に連なる米田壮警察庁長官時代の情実人事で、総監就任で既定路線となっていた高橋清孝警備局長を飛び越して刑事局長から総監に抜擢された経緯があるだけに、今回の一連の”忖度”には「さもありなん」と警察庁は冷ややかだ。
 もともとこの事件を捜査していたのは警視庁高輪署だったが、逮捕状執行に待ったをかけた上、本庁の捜査一課に事件の後始末までさせたのが中村刑事部長だった。警察組織の中の、本庁とショカツ、さらにキャリアとノンキャリアという、古くて新しい対立の火種が燻り始めている。
 このように、捜査への政治介入ではなく、政治への”忖度”捜査が告発されたことで、おぼろげながらも、「政・官・報」の一体化、かつブラックボックスと化した権力構造の一端を国民が広く知るところとなった。ただ加計学園問題で激しい糾弾に見舞われた文部官僚に比べて、国会やメディア等の追及が低調なためか、警察官僚はこの問題にどこか鈍感である。
 それだけ事態が深刻な所以でもある。40年近く日本警察をウォッチしてきた私(河邉)からみれば、その底流には警察官僚の「秩序感覚」の変質ぶりと、そんな彼ら又は彼女らを生んできた警察組織が孕む構造的病理がある。





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