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2017年9月 1日 (金)

国連特別報告者を「断罪」する新聞 ①

神保太郎(ジャーナリスト)さんは、「世界8月号」でメディア批評の項目で、書いている。それを、コピー・ペー:
 日本での表現の自由の状況を調査している国連人権理事会の特別報告者、デービッド・ケイ米カリフォルニア大学教授が6月12日、「政府が直接、間接にメディアに圧力をかけている」とする報告結果を理事会に報告した。当メディア批判では、安倍晋三政権下で起きている表現や報道の自由への威嚇の実態を、繰り返し取り上げてきた。その立場からすると、ケイ氏の指摘は至極まっとうな内容だ。これに対して、読売や産経は「ケイ報告」を激しく批判している。たとえば、読売社説「国連特別報告 メディアへの誤解が甚だしい」では「杜撰極まりない代物である。日本の一部の偏った市民運動家らに依拠した見解ではないか」(2017/06/14)と言い切り、産経主張(社説)も2回取り上げ、「国連特別報告者 嘘をまき散らすのは何者」の中で「国連の名を冠にした「嘘」に黙っていては誤解が広がるばかりだ」(2017/06/02)と断罪している。両紙は「ケイ報告」のどの部分に誤解や嘘だとしているのか。
 読売や産経は主に2点を問題視しているようだ。1つは、ケイ氏が放送法4条の撤廃を求めたこと。同4条は、放送番組の編集にあたって放送事業者に、(1)公安及び善良な風俗を害しないこと、(2)政治的に公平であること、(3)報道は事実をまげないですること、(4)意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること をもとめている。2016年2月、高市早苗総務大臣は衆議院予算委員会で、政治的公平に違反するような放送を繰り返した場合、電波法76条に基づき総務大臣の命で停波できる、との政府解釈を示した。同条は放送事業者が配慮すべき倫理規定であり、これを根拠にした停波を違憲とする研究者の主張と、政府とが対立、大きな議論となった。ケイ氏の来日はその直後の4月だった。
 主要な民主主義国の大臣には、日本と異なり停波を命じる権限はない。米国では連邦通信委員会(FCC)、英国では通信庁(Ofcom)、フランスでは視聴覚最高評議会(CSA)といった、政府から独立した合議制の機関が監督しているからだ。ケイ氏の報告でも「国際基準では、放送規制は独立した第三者機関が行うべきだ」とし、日本のように独任制の総務大臣が権限を持っていることに対して、「この枠組みは、メディアの自由と独立への不当な規制につながる可能性がある」と指摘している。民主主義国家として備えているべき要件を、日本の放送制度は欠いているというわけだ。「停波発言」は、ケイ氏には当然放送への圧力と映った。「日本におけるメディア規制は、政府、特に時々の政権与党から法的に独立していない」と訴えるのも頷ける。
 もともと日本も欧米と同じだった。連合国の占領下だった1950年に成立した現行の放送法は、FCCにならって内閣から独立した電波監理委員会の所管だった。ところが、日本が主権を取り戻した1952年、吉田茂政権はさっそく委員会を廃止し、思い通りにしやすいような郵政大臣の所管に変えた。それでも当初は、放送番組の介入に慎重だった。放送法4条に違反したかどうかを郵政大臣が判断すること自体困難だという立場で「精神的規定の域を出ない」とし、停波(行政処分)は「事実上不可能」という見解を国会等で表明してきた。こうした姿勢は行政指導についても同じだった。




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