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2017年9月16日 (土)

「論」を立てる

原昌平(読売大阪本社)さんは述べている。コピー・ペー :
 ジャーナリズムの重要な課題になってきたのが、「論」を立てること。苦境にある人々の実情を伝える報道だけでは限界がある。賃金、雇用、年金、医療保険、介護保険、生活保護といった個別の問題の掘り下げた解説・論考に加え、日本社会の困難の原因がどこにあるのか、とりわけ社会保障の財政負担をどうみる見るか、どう解決するかを論じることがポイントだと考える。
 近年の新聞各社は、社説の政治的論調が報道内容に影響しすぎているのが問題だが、社会保障と財政に関するテーマは報道としても本格的、多角的に論じたほうがよい。政界の人間関係に気を取られがちな政治部まかせ、財務省や大企業寄りの視点になりがちな経済部まかせではいけない。
 そもそも、社会保障の財政負担が大変だ、という主張の最大の発信源は、財務省であり政府である。その発想の枠組みでは、誰かへの支出が他者の負担になる「ゼロサム」状況になるため、社会的な奪い合い、衝突が強まってしまう。
 日本の国家財政が巨額の債務を抱えて厳しいのは、はたして社会保障のせいなのか。社会保障制度を維持するために支出を抑え込み、人々の暮らしを苦しくするのは本末転倒ではないか。格差が広がり、社会保障の安心度が低下したから民間消費が停滞しているのではないか。大学を含めた教育費負担を減らさないと、将来の社会を担う人材を確保できず、子どもも増えないではないか。
 必要な支出を賄えるよう、税収を増やすほうが大事ではないか。その方法は消費税のみしかないのか。富裕層、大企業、海外取引、金融所得から税金をもっと、もっと取れないのか。多額の資産や企業の内部留保に課税して、ためこまれた金をフローに回せば、経済を活性化できるのではないか。むやみな規制緩和より、どういう産業を育てるかを考えるべきではないか。
 格差の是正にもいろいろな考え方がある。再配分を強めて貧困層の収入を増やすべきか、それとも対象を限定しない普遍主義に立ち、医療、介護、教育、住宅などの負担を軽減して生活にかかるコストを下げるべきか。
 そういった論点について、財務省的な思考の枠組みにとらわれず、政治、アカデミズム、ジャーナリズムが、徹底した議論を目に見える形で展開することが必要だ。
 他者をたたくバッシング社会が続くと、危険な事態が生じかねない。人間の多様性を認め、すべての人がよりよく生きられる社会に変えていくには、大局的な財政・経済を含めた硬派の領域でも、「論」のジャーナリズムが欠かせないのだ。





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