« インタビュー記事 ⑦ | トップページ | »

2017年12月30日 (土)

カズオ・イシグロの世界 ①

長谷部恭男(早稲田大学法務研究科教授)さんは、ノーベル文学賞を受賞したカズオ・イシグロ氏について述べている。 コピーペー:
 カズオ・イシグロがノーベル文学賞を受賞した。NHKの提供するニュース・サイト「NHK NEWS WEB」は、イシグロの代表作である『日の名残り』(以下すべて早川書房より刊行、土屋政雄訳)について、「第二次世界大戦後のイギリスの田園地帯にある邸宅を舞台にした作品で、ここで働く執事の回想を通して失われつつある伝統を描」いたと紹介している。
 この作品がブッカー賞を得たのは、失われつつあるイギリスの伝統を描いたからではない。この作品に限らず、彼の主要作品を通じて問われているテーマの一つは、権力への庶民の向き合い方である。
 イシグロの作品に登場する主人公は、しばしば、信頼できない語り手(unreliable narrator)である。『日の名残り』の主人公、執事のスティーヴンズもそうである。スティーヴンズは過去の記憶をたどり、自身の生涯を回想する。それは、失われつつある伝統の中、執事としての職分にとどまり、主人に忠誠を尽くす意義深い生涯であった、かのように語られる。しかし、彼のかっての主人、ダーリントン卿は、対ナチ宥和政策に荷担したアマチュア政治家として、世の指弾を浴びた人物である。外交を道楽とするつまらぬ主人に真摯に仕えることもまた執事たる彼の宿命であり、それこそが彼の生きる途であった。そうした生き方の意味を、スティーヴンズは、より普遍的な文脈の中に位置づけてみせる。
 われわれイギリスのような国に住む人間としては、国際関係のような大問題について
 も自分で考え、意見をまとめるつとめがあるのかもしれません。しかし、人生というの
 はそういうものでしょうか。庶民がすべての問題について「強い意見」を持つことなど
 期待できるわけがありません。……そして、そうした期待は非現実的であるとともに、
 望ましいことでもないように思います。結局のところ、国家の大問題について、彼らす
 べてに「強い意見」を示すよう望むのは、賢明なこととは言い難いでしょう。
 人がまず関心を持つのは、自分自身の人生であり、日々の暮らしである。国際関係はもとより、国家全体にかかわる国内政治の問題も、わざわざ知識を積み、情報を確認し、熟慮をへて「強い意見」を固めるべく、時間やコストをかけるほどのことではない。ここには、庶民としての偽りのないまごころが示されている。政治に関わることは、それに強い関心を抱き、エネルギーを注ごうとする少数者に任せていれば足りる。
 スティーヴンズにとっては、自分がこれと見定めた主人に誠心誠意仕えることこそ、彼の人生の核心であった。もともと「民主国家」の一般市民の大多数は、政治にさしたる関心もなく、日々の暮らしにいそしんでいる。情報にうとく、熟慮も足りない大衆が政治にかかわれば、国の将来を決する争点にも情緒的な反応しかなし得ず、その時々の「風」に翻弄されて、いたずらに政治の混乱を招くだけである。それは「賢明なこととは言い難い」。  





« インタビュー記事 ⑦ | トップページ | »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: カズオ・イシグロの世界 ①:

« インタビュー記事 ⑦ | トップページ | »