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2018年1月16日 (火)

日本発、英国経由、どこでもない場所へ ①

真野 泰(学習院大学教授)さんはカズオ・イシグロのボーダーレスな小説世界と言っている。コピーペー:
 35歳でブッカー賞を受け、カズオ・イシグロは自由になった。自分は普遍的な人間を描きたい。その後の思い切った実験は瞠目に値する。
 1995年に発表した『充たされざる者』(The Unconsoled)の主人公は世界的ピアニストのライダー。演奏にやってきたのは中欧の都市らしいけれど、何処かわからない。通路や通りは果てしなく長く、ライダーは迷子になり、約束に遅れる。ホテルのポーターはライダーの義父に変身し、指揮者のブロッキーは車にはねられ、通りがかりの外科医によってその場で木製の義足を切断される。外科医が使ったのはライダーが自分の車のトランクに弓ノコである。人生の各段階のライダー自身が別人格となって現れるらしく、ブロッキーもその一人。まるで果たさなかった義務が人に見させる悪夢のようだ。
 『日の名残り』を書き上げたイシグロは、普遍的人間を描くのに舞台はどこでもよいことを知ったという。2000年に刊行された『わたしたちが孤児だったころ』(When We Were Orphans)の舞台はロンドンを中心とする英国と上海。時は、1930年代を軸に第二次世界大戦を挟んだ50年程、主人公クリストファー・バンクスは上海で生まれ、幼少期にまず父が、つづいては母が失踪する。孤児となったバンクスは英国の叔母に引きとられ、長じて私立探偵。それも名探偵になる。いよいよ両親失踪の謎を解くべく上海に乗り込むのが1937年秋。7月に火ぶたの切られた日中戦争の戦火はすでに上海に及んでいた。8歳ではじめて英国の土を踏み、入った寄宿学校に適応できなかったバンクスが、その不適応の記憶を抑圧していることに読者が次第に気付くように仕掛けられているなど、この小説でも記憶の不確かさが大きな役割を果たす。
 バンクスが両親を探すのは自然だけれど、一介の私立探偵が自分の義務は巨悪と戦うことだと思っているのがいささか滑稽である。スティーブンスも、ライダーもバンクスも、自分の仕事が非常に重要で、自分は大きな義務を負っていると思い込む。英国の哲学者は曰く、自分の仕事がものすごく重要で、休んだりしたら大変なことになると思ったら、それは精神に変調を来しつつある兆候である。
 場所はどこでもよいし、ジャンルだって何でも構わないとイシグロは言う。





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