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2018年2月15日 (木)

Clinical 大規模災害犠牲者身元確認と臨床歯科医 ⑥

続き:
(1)国内では― ②
  次に、歯科的個人識別の成否の条件を考えながら、開かれた災害と閉じられた災害の違いについて考えたみる。歯科的個人識別の成否は、正確で完全な生前の歯科記録が回収できるか否かにかかっている。従って、死亡者が不特定多数で該当者が分からないような開かれた災害では、歯科的個人識別法を適用することはできない。
  そこでまず、該当者を割り出すために歯科的検査を行い、年齢や性別、人種、その他本人固有の個人識別情報を得なければならない。勿論この中には口腔内歯科所見も含まれる。
  次に、得られた個人識別情報を基に該当者と思われる人を探し出すことになる。これは通常の事件などの被害者の割り出しと同様だ。該当者が分からなければ生前の歯科記録は回収することができない。
  また、地震の場合には該当者が判明して歯科医が特定できても、歯科医院またはデンタルクリニック自体が倒壊したり焼失・消失したりしている場合が考えられ、同様に生前記録の回収は不可能となる。
  これは、前述した歯科的個人識別の成否の条件であり、この条件が満たされなかった阪神淡路大震災では数千人の被害者を出しながら、歯で識別できた人数は数十人(歯科医師会の講演より)という結果に現れていると考えられる。
  因みに、航空機事故のような閉じられた災害では、犠牲者の個人識別において歯科的証拠が確認理由の一つとなる割合が40%を超えるという報告が数多く見られる(DNAが個人識別に利用される以前の報告)。
  以上のように、開かれた災害では、歯科的個人識別作業よりは歯科的検査作業が主体となることが考えられ、歯科医にはこの検査法の理解が必須となる。
  従って、この任には研修を受けている、あるいは鑑識の経験を積んでいる警察歯科医が担当することが望ましいことを重ねて述べておきたい。
  一方、航空機事故のように犠牲者の名簿が手に入る閉じられた災害においては、家族や関係者から治療を受けていた歯科医院や歯科医師を聞き出すことができるため、歯科的個人識別が主体。このような災害では、治療を受けていた歯科医院が判明し、歯科医から生前の記録(データ)が回収できるか否か、そして回収された場合にそのデータが正確でかつ完全であるか否かということに、身元確認の成否はかかってくる。
  従って、歯科医には少なくとも法定期限は、そして物理的に許されればそれ以上経過しても歯科データを保管していただきたいと思う。
  歯科データが正確か否か、又、完全か不完全かについては、その内容が大きく結果確認に影響を及ぼすことになる。歯科データが不正確な場合として、歯の治療内容が異なる歯種の欄に記載されているということが少なからずある。特に、第一と第二の小臼歯間に見られるようである。
  また、治療に関する記載内容が実際と合わないこともある。
  例えば、インレー充填がカルテ上で4/5冠となったいるような場合である。このような場合、患者の歯科データ提出の要請を受けた歯科医の中には、治療内容のみを連絡し、データ自体を提出されないことがある。しかし、ここで理解しておいていただきたいことは、歯科データは個人識別のために利用されるのであって、他の目的には一切用いることは無いということだ。
  さて、次に完全な歯科データと書いたが、この完全という意味はすべての歯について初診時に詳細なデータがとられているかどうかということである。通常、歯科医は患者の主訴とする歯のみを記載することが多いようである。このような場合、完全な歯科的情報が得られる死体との比較において、生前のわずかな情報では確実な識別を導くには無理がある。
  カルテに情報が記載されている歯の数と、個人識別作業において割り出される該当者の数との関係について橋本らが調べた調査がある。歯科医院に保管されていた100人分のカルテを無作為に抽出し、初診時の患者の口腔内所見の記載内容を調査したところ、28歯全ての状態が記録されていたのは2人分見られた。その他については、記載されている本数は様々だ。
  そこで歯科治療状態の不可逆的変化を考慮しながら、28歯すべての状態が記載されている歯科診療録について、同一人であっても矛盾がない人が100人の中に何人いるかという検索を行ったところ、本人を含めて2人だけであった。一方、1歯のみにより同様の検索を行うと、半数以上の人が該当者として残ってしまった。記載されている歯の数が多ければ多いほど、該当者は減るというこの結果は当然予測できたことであるが、実験的にも証明できたことになる。
  以上のことから、歯科的個人識別に従事する側から臨床歯科医に望むことは、初診時に患者の口腔内の状態をできるだけ詳細に記載して残していただきたいということである。ただ現状では、完全な生前の歯科データが回収されることは少なく、そのためにもしマニュアル(災害マニュアルではなく、歯科的個人識別マニュアルを指す)の中に生前データの転写が入れるのであれば、不完全な生前の歯科データをどのように転写すべきか、充填部位の分からない場合の歯型図はどのように描写するのか等を前もって決めておかなければならない。
  この意味から、生前歯科データからの転写例の代表的なもの(数歯だけの状態が記載されたカルテからの転写例やX線写真からの転写例、前歯が観察できるスナップ写真による転写例等)を数例、参考のために載せておくことは必要ではないだろうか。
  換言すれば、すべての歯の状態及び歯型図が完全に記載できるような生前の歯科データはないと考えた方がよいと思う(但し、死体の歯科データは完全でなければならない)。





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