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2018年3月26日 (月)

米朝戦争の危機と日本の針路 ④

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 そこで、日本には2つの選択肢が生まれる。1つは、ミサイルが飛んできても戦争に勝つ、それによって相手の戦争の意図を挫く抑止力を高めるという選択だ。その場合、ミサイル数発を覚悟することが必要になる。これは、戦勝の戦略であり、安全の戦略とは言えない。
 2つ目の選択は、ミサイルが飛んでこないようにすることを最優先課題とする選択だ。そのためには相手がミサイルを撃つ動機をなくさなければならない。
 北朝鮮がミサイルを撃つ動機は何か。日朝間に戦争しなければならない程の固有の紛争要因があるわけではない。戦争の動機は、むしろ米朝間にある。北朝鮮が日本にミサイルを撃つとすれば、それは、日本の基地から発進する戦闘機が自分を破壊することを恐れるからだ。それゆえ、北朝鮮が抱くアメリカへの恐怖を緩和することが、ミサイル攻撃の動機を減らす方法となる。
 これは、戦勝の戦略ではなく妥協の戦略であり、北朝鮮の言い分を聞くという覚悟が必要になる。同時に、アメリカの戦略との相違を調整する必要があるので、日本の政策決定者が同意するとは思えない。しかし、日本人が恐れるミサイルの恐怖の本質が日朝ではなく米朝の対立関係にある以上、ミサイルからの安全を求めるのであれば、困難な戦略的な検討課題であり続けるだろう。
 もう一度整理すれば、ミサイルを撃たれる数を減らし、撃たれても着弾する数を減らすのが敵基地攻撃とミサイル防衛の役割だ。それでも被害はゼロにすることはできないから、報復の脅しでミサイルを撃つ意志を封じ込めようとする報復の戦略が構想される。それでもなお、意志を完全に封じ込めることが出来るという「確からしさ」は、先述の通り完璧ではない。すなわち、ミサイルからの安全は保証されていない。そうであるからこそ、ミサイルに対する避難の措置が必要だ。
 こうした抑止=戦勝の戦略によって、仮にミサイル攻撃を防ぐことができたとしても、それは、相手の戦争の動機を防ぐことにならない。戦争の動機を防げなければ、抑止の確からしさの計算は、誤算によって破綻する危険をたえず内包している。
 北朝鮮の脅威を深刻に受け止めるのであれば、こうした戦略の欠陥を放置してよいはずはない。それゆえ、相手がミサイルを撃つ戦争の動機をなくす「妥協の戦略」が求められるのである。
 アメリカを中心とした経済制裁と軍事圧力にもかかわらず、北朝鮮の核・ミサイル開発は止まらない。北朝鮮は、昨年9月の核実験ですでに広島型を上回る威力の核爆発を実現し、水爆実験の実施も視野に入れている。ミサイル開発では、5月にはグアムに届くミサイルを発射し、11月にはアメリカ東海岸に到達すると言われるICBM 級の発射を行っている。
 一方、アメリカは、複数の空母機動部隊を日本海に出して演習を行い、平壌を空爆可能な B1 爆撃機を北朝鮮東海岸沖に飛ばし、核搭載可能な B52 爆撃機を使った演習を行うなど、軍事圧力を強めてきた。
 こうした軍事行動は、―― 「抑止」を目標としたものではない。その目標は、「このまま核・ミサイル開発を続けるならばいつでも戦争する」意志があることを示して、いわば恫喝することによって北朝鮮の核・ミサイル開発の意志を止めさせようとするものだ。
 一方、北朝鮮は、アメリカからの戦争の脅しが強まれば強まるほど、「アメリカ本土に届く核ミサイル」を持たなければならないと思っている。これまでのところ、軍事的圧力は、実現すべき目標に対してむしろ逆効果になっているとすら思える。
 抑止は、一般に相手に戦争の意思がある場合にそれを止めさせるという意味で消極的な目標を持っている。他方、今回アメリカが行った一連の軍事行動は、戦争の威嚇によって相手の意志を変更させるという積極的な効果を狙っているので、抑止というより、恫喝外交とも言うべきものだ。
 だから「けしからぬ」ということではなく、この種の手段は、なかなか成功しないものだということを指摘したい。日本の場合、自衛隊が米軍と一対化して威嚇的行動を取れば、憲法9条が禁止する「国際紛争解決の手段としての武力による威嚇」に相当する可能性があるが、それはここでは問わない。
 北朝鮮の意志は、戦争によってアメリカや日本の意志を変えさせようということではなく、自分が核とミサイル能力を持つという消極的なものにすぎない。戦争でも外交でも、相手の意志を変える目標を持つ側が、積極的に行動することを迫られる。相手は、ただ自分の目標を守るだけでよい。こういう争いは、容易に勝てないものだ。
 相手の意志を変えようとするには、強制と妥協という二つの方法がある。強制の究極の姿が戦争である。軍事的な恫喝は、その性質上「戦争の確からしさ」がなければ効果を持たない。そこで、アメリカによる核施設への限定攻撃や、北朝鮮指導部の暗殺を目的とするいわゆる斬首作戦の可能性が取りざたされることになる。
 だが、戦争は、国家の存亡をかけた行為であるとともに、最も錯誤の多い行為だ。戦争で思った通りの結果を得ることはあり得ないという前提に立って考えなければ、すべての戦争は失敗に終わる。アメリカといえども例外では無い。





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