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2018年3月27日 (火)

米朝戦争の危機と日本の針路 ⑤

続き:
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 戦争を決意するには、3つの条件が必要になる。
 1つは、勝つ見込みがあること。アメリカが勝つことは間違いないので、この条件はクリアしている。
 2つ目は、こちらの損害が受け入れ可能な範囲にとどまること。アメリカについて言えば、軍隊の損害はおそらく軽微なものだろうが、韓国や日本という戦域にいる自国民の安全を守れるのか、さらに、相手の反撃によって「ソウルが火の海になる」、あるいは「日本の原発にミサイルが命中する」といった同盟国の被害を防げるのかという課題がある。
 3つ目に、最重要なことは、戦争の結果、そこに核を放棄した安定的な秩序が成立する見通しがなければならないということだ。実際にアメリカからの攻撃を受ければ、限定的であったとしても北朝鮮の体制は支持を失って崩壊するかもしれない。まして指導部を暗殺すれば、北朝鮮は統治を失った混沌とした状況になる。誰がそれを立て直すのか。戦争の困難さは、――― 「勝って終わり」ではないことから生じる。
 これらの見通しが立たないがゆえに、アメリカは戦争できない。戦争できないとすれば、戦争の恫喝が成功することはありえない。それが、物事の道理というものだろう。それにもかかわらず、アメリカは軍事圧力をかけ続けている。軍事圧力は、相手に効かなければエスカレートせざるを得ない。やがて相手が攻撃する可能性が生まれる。米朝をめぐる偶発的戦争の危険は、そこに内在している。
 軍事的圧力によって北朝鮮の意志を変えることはできず、戦争という究極の強制も出来ないとすれば、残された道は妥協しかない。これも物事の道理だろう。
 だが妥協というのが実に難しい。双方が外交的敗北とならないラインを合意しなければならないからだ。それは、どこにあるのだろうか。
 北朝鮮のラインは明白である。アメリカを抑止できる核・ミサイル能力を持つことだ。一方アメリカの立場には、いくつかの要素がある。アメリカ自身の安全を考えた場合、アメリカ本土を脅かす核・ミサイルを許さないという立場に固執するかもしれない。
 世界秩序を主導する国としてのメンツを考えた場合、5大国による核の独占体制を空洞化するような核保有国の出現を許さないだろう。だが、これはすでに、インド・パキスタンやイスラエルの核によって事実上空洞化している。あわせて、同盟国への保証を考えた場合には、北朝鮮の核は、軍事バランスの観点から望ましくないものの、核の傘を含む抑止力の強化によって相殺できると考えるかもしれない。
 いずれにせよ、北朝鮮の核保有を合法化する選択肢はないとしても、問題は、核放棄を交渉の前提にとするならば交渉が成立しないところにある。従って、北朝鮮の核放棄は、交渉の最終目標として扱わざるを得ないことになる。それをどのような形で明示するかしないかが、米朝交渉をめぐる焦点になってくるはずだ。
 2017年は、圧力と反発の応酬を特徴としていた。2018年は、妥協と新たな核放棄への長期的な展望を模索する年になることが期待される。それが、動かし難い物事の道理であるからだ。
 米朝対立の根源は、朝鮮戦争以来の米朝の戦争状態が未だ解消していないことにある。しかし、戦争が双方にとって望ましくないのであれば、戦争状態の解消に向けた和解を通じて北朝鮮が核を持つ動機をなくす以外に解決はない。
 北朝鮮は、核放棄の見返りに、制裁解除のほか在韓米軍の撤退や在日米軍の縮小を要求してくるかもしれない。だがそのプロセスは、一方的に北朝鮮に有利なわけではない。アメリカとの和平による戦略的安定という利得を得た北朝鮮は、今度はそれを守る立場に変わる。守るべき現状を所有した側は、それを維持するために妥協を迫られることになる。
 それが国家関係のパラドクスである。何かを与えることは、決して一方的な利得にはならないのだ。
 もちろんその過程で、北朝鮮による新たな軍事的挑発もあるだろう。そのとき、今度はこちら(アメリカ)が一歩も譲らない構えで、軍事挑発が無益であることを悟らせることができる。意志を変えさせようとする側が積極的な行動をとらざるを得ないのに対して、意志を変える必要がない側は、何もしなくてよい。――― それ自体が外交勝利である。
 アメリカが、北朝鮮に核が存在することを容認したうえで交渉を始めるとすれば、事実上の核保有国である北朝鮮が存在することになる。これが日本にとって最悪のシナリオであるとみなす考え方がある。
 1つには、歴史的に日本に対する悪感情を持った北朝鮮が核を持てば、核による脅しで日本に無理難題を押し付けてくるかもしれないという懸念がある。だが、核兵器が登場して以来、国家間交渉において、他国に核を使う脅しによって外交目標を達成しようとする試みは例がない。
 核は、戦争のエスカレーションの中での最終兵器として位置づけられており、これをいきなり外交の道具にする正当性はないからだ。
 より根本的には、アメリカを中心とする核相互抑制体制の中に位置づけられない核保有国の存在を、どう受け止めるかという戸惑いがある。北朝鮮の核は、同胞である韓国には向けられないものの、アメリカと、それに同調する基地提供国である日本を抑止するという明確な目的を持っており、日本の戦略バランスに影響せざるを得ないと考えても不思議ではない。





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