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2018年5月15日 (火)

「安倍事案」の泥沼 ⑤

続き:

 政治の容喙と行政の公平・中立性の溶解に拍車を掛けたのが、1990年代の選挙制度改革の背景をなした政権交代可能な二大政党理論である。確かに戦後日本官僚制には自民党一党支配のもとで、自民党に偏向した政策指向性が埋め込まれている。

 政策選好を自民党に合せなければ、キャリア官僚として昇進できないからである。この状況の下に、政権交代によって非自民政権が成立すれば新内閣・政府与党と既存の自民党的選好を持つ官僚制が衝突するだろう。

 こう考えれば、政権交代の際には、新内閣・官邸が幹部人事を政治的に掌握することによって、新政権の政策選好に適合する人物に入れ替えることが、必要に思われるだろう。この発想が内閣人事局に繋がったのである。

 しかし、この発想は完全に誤謬であった。確かに、民主党政権が、自民党政権時代に自民党的偏向を内面化した官僚の抵抗にあって、苦労したのは事実。

 とはいえ、この苦境を、民主党的偏向を内面化した官僚を登用することによって解消することはできない。これは、行政の公平・中立性をさらに弱めるだけである。例えば、戦前に政友会・民政党の党派的人事は、行政を混乱させるだけでなく、政党政治自体の価値をも貶めることに繋がった。

 政治主導の官僚人事は、A派閥による歪みから、別のB派閥による歪みに変えるだけで、行政は歪み続ける。政権交代可能な二大政党正論は、官僚人事への政治の党派的介入を是認することについて、政治家は躊躇も羞恥もなくなっていった。

 それでも、自民党政権と非自民党政権が同じ期間くらいに持続して、交互に交代が起これば、相互の党派的な歪みを打ち消し合うこともできたかもしれない。しかし、実際には圧倒的に自民党政権が長いのである。こうした容喙の正当化が、第二次安倍政権に引き継がれたのである。



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