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2018年5月14日 (月)

「安倍事案」の泥沼 ④

続き:

 1990年代前半までは、自民党一党支配体制の下で党派的に偏向していた日本官僚制ではあるが、それでもなお、行政の公平・中立性への努力もなされていた。しかし、1990年代以降、こうした公平・中立性は構造的に浸食され、政治の容喙が正当化されるようになってきた。

 それが第1に「内閣主導」官邸主導」の掛け声である。確かに民意を反映した内閣の意向を聞かないのは問題である。しかし、実態としては、日本の官僚制は政権与党=自民党に配慮してきた。「政治/官邸主導」議論は、単に与党に基盤のない橋本/小泉首相と与党との権力抗争における標語に過ぎなかった。

 ところが、これが勘違いされ、与党政治家が行政に容喙することは正しいことである、という間違った発想がまかり通ってしまったのである。与党政治家に対して官僚が公平・中立性を守ることすら、「官邸主導」として批判されたのである。

 第2に、選挙制度改革の帰結だ。小選挙区制度を中心とする選挙制度改革は、与党議員における党首のリーダーシップを強化した。

 中選挙区時代であれば、与党政治家は自力で当選し、自力で与党政調部会などにおいて頭角を現すことができた。しかし、小選挙区選挙では、党首に忠誠を誓って、党首又はその側近に認めてもらわなければ出世できない。

 こうして、党首・側近の意を忖度し、彼らの歓心を買おうとして、様々な要望・圧力・関与活動をする。国会でも党首を讃えるような質問をして、行政に対しては党首などの威や 名前を借りて、容喙をするようになる。

 第3に、「規制改革の掛け声である。現場。出先のノンキャリアの公平・中立性を支えるのは、本省キャリア官僚が定めるルールだ。ルールは一般的に定立されるので、与党政治家や圧力団体の個別要望をはねつけることができる。

 しかし、もうした一般的定めたルールそのものを、過剰・不要な規制として撤廃・緩和するのが規制改革である。

 また、ルール本体を廃止できなくても、個別の例外取り扱いを認めるのも、規制改革である。―― 加計学園問題で登場した国家戦略特区など。ルールが甘くなれば公平・中立性は維持しにくくなる。


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