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2018年8月11日 (土)

文明と歴史、そして病気(3)― ①

「人間と科学」 第290回 小長谷正明(鈴鹿病院名誉院長)さんの文章を載せる。コピー・ペー :

 アメリカに留学中は、中古のシボレーで1日に7、800キロドライブをして回った。ところが、ハイウェイを走っていると、しばしば奇妙な感じに襲われた。オキチョビー、バマンキー、ナラガンセットなどの地名は、明らかにネイティヴ・アメリカン(インデアン)の言葉だが、その人たちはいない。

 考えてみれば、聞き慣れたマンハッタンも、ポトマックも、ペリーの黒船サスケファナもそうなのだ。だが、それらの言葉を話していた人達の姿は見えない。フロリダやヴァージニアの湿原の中や、ニューイングランドの片田舎、西部のバドランドなどの狭い居留地に辛うじて住んでいた。

 ロス・アンゼルス(スペイン語)の国際学会の後で、西部をドライブし、グランド・キャニオンの近くで給油した時、初めて観光業以外の仕事に就いているネイティヴ・アメリカンの青年を見た。こちらの片言の英語に怪訝な顔をして、ぶっきら棒に料金を請求してきた。

 この辺りはナヴァホ族の居留地だが、荒地ばかりだ。グランド・キャニオンの底にまでカイバブ族の集落があった。

 子どもの頃に『大酋長ポンティアック』という西部劇を見た。ハンサムな白人男性がネイティブの部落にやってきて、そこの乙女との恋や、戦闘もあったが、最後が衝撃的であった。主人公は、茜色の草原に立つ棒杭に縛りつけられ、長い羽飾りの大酋長が彼の前に立ちはだかって毛布をグイッと被せ、馬に乗って夕陽に向かってさっていく。

 残された彼は太陽にあぶられ、苦痛の表情で喉の乾きを口にするが、誰も来ない。やがて、顔に斑点が出て、時間とともに、増えてきた。いっぱいの赤紫色の水疱で、おぞましい顔になった彼が、首を垂れたところで、映画は終わった。きっと、筆者の顔もひきつっていたのであろう。『四谷怪談』のお岩様よりもはるかにリアルで恐ろしく、かなり後々まで天然痘という言葉を聴く度に、恐怖心とともに赤黒い斑点だらけの顔が脳裏に浮かんできた。今日でいう心的外傷である。



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