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2018年8月12日 (日)

文明と歴史、そして病気(3)― ②

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 何年かして医学生になり、そのシーンの意味が理解できた。平和であった部落に、白人が災厄をもたらしたのだ。プレゼントが交易で、痘瘡ウイルスだらけの毛布を免疫のないネイティヴたちに与えて疫病を流行らせた。

 ハンサム男性は、復習としてその毛布を被らせられて放置され、痘瘡の苦しみと無残さを味わうことになったのだ。

 この映画は実話を基にしている。1763年、アメリカ独立戦争に先立つフレンチ・インデアン戦争は、フランスとネイティヴ・アメリカンの同盟軍とイギリス軍が戦った植民地戦争であったが、イギリス軍は痘瘡病院から取り寄せた毛布とハンカチーフを配った。

 さらに独立戦争でも、ワシントンの率いる植民地軍に対しても同じ手を使ったという。イギリス人は、予防的に痘瘡患者の痂皮を鼻から吸い込む人痘法で免疫をつけていたという。

 11月下旬にニューイングランドのケープコッドを訪ねたことがある。大西洋に飛び出した砂州の半島で、1620年にイギリスからメイフラワー号で逃れてきた清教徒たちが上陸した地点である。千島列島なみの高緯度で、ひょうひょうと吹く風は大粒の砂を含んでいてまさに身を切っていたし、激しく打ち寄せる波のしぶきもことさらに冷たかった。

 ピルグリム・ファーザーズ(巡礼の父たち)と呼ばれる彼らにも決して楽園ではなく、約半数はその冬を越せなかったという。この時、清教徒たちは原住民と取り決めを結び、また彼らから冬の過ごし方やトウモロコシの栽培の仕方などを教えてもらった。

 一年後、生き残った人たちが収穫を喜び、晩秋に感謝祭を祝ったのだという。現代のアメリカ人にとっては離れている家族が集まり、絆を確認する大事な祝日となっている。

 



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