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2018年8月16日 (木)

ビットコインの展望 ①

中島真志(金融学者、麗澤大学経済学部教授)さんの研究文を上述する。コピー・ペー:
 そもそもビットコインは、何のために作られたのかについて検討することとする。その上で、ビットコインが円や米ドルなどの法定通貨を脅かすような「通貨」となりうるかについて考察する。この点については、「通貨の三大機能」の点から考えてみる。
1 ビットコインの背景にある思想は
(1) トラストレスのシステム
 よく知られているように、ビットコインは、サトシ・ナカモトという謎の人物が、2008年に発表した論文をもとに作られた仮想通貨だ。この論文の中で、サトシ・ナカモトは、「信頼関係のない者同士で価値のやりとりできる仕組みを作りたいのだ」としている。
 つまり、「トラストレスのシステム」を作ることが目的であったのだ。
 これまで用いられてきた通常の決済システムに於いては、AがBに送金しようとすると、Aの取引銀行(送金銀行)からBの口座がある銀行(受取銀行)に対して、送金を行うことになる。そして、送金は、銀行間の決済システムや中央銀行を通じて処理される。
 このとき、送金人と送金銀行、各銀行と中央銀行、受取銀行と受取人等の間には、それぞれ信頼関係が構築されており、送金は、こうした信頼関係に基づいて処理されていくことになる。
 「信頼関係のないところにには金融取引は成立しない」というのがこれまでの金融の大原則であったのである。
 一方、サトシ・ナカモトが考えたのは、この大原則に反して、CとDがお互いに顔も名前も知らず、相互に信頼関係がないとしても、両者の間で、直接的に送金(価値の移転)が出来るようにしようということであった。
 実際、ビットコインでは、相手のビットコイン・アドレスさえ分かっていれば、まったく面識もない相手に対して、相手がどの国に住んでいたとしても、直接コインを送ることが可能になっている。
(2) リバタリアンのコイン
 ではサトシ・ナカモトは、どうしてこうしたトラストレスのシステムを作ろうとしたのであろうか?
 それは「誰にも管理されずに、自由に世界中に送金できるようにしたい」というのが究極の目的でもあったものとされている。
 このため、ビットコインでは、中央の管理主体を作ることが注意深く避けられており、ビットコインの送り手と受け手とは、P2P型ネットワークにおいて分散型で取引を行い、その取引の承認もネットワーク内で分散的に処理されることになっている。
 もし「中央の管理主体」を作ってしまうと、そこが政府による規制の対象とされる可能性がある。
 そうすると、ビットコインのネットワーク全体が規制の対象になってしまう可能がある。こうした危険性を避けるために、ビットコインは意図的に「中央が存在しないシステム」となるようにデザインされているのだ。
 「世界中に自由に送金できるシステムを作るのだ」という部分のスローガンをみると、なんと素晴らしいグローバルな発想であるのかと思うかもしれない。しかし、その前にある「誰にも管理されず」という部分には注意が必要。
 「誰にも」とは、誰のことを指すのであろうか。時として国境をまたいだ送金や資金の流れを規制するのは、各国の政府や中央銀行である。つまり、サトシ・ナカモトの発想を意訳すると、「政府や中央銀行に管理されないで、自由に世界中に送金できるようなシステムを作りたい」というのが真の狙いであったことになってしまう。
 こうしたことから、ビットコインは、「リバタリアンのコイン」とも呼ばれる。リバタリアンとは、「自由至上主義者」のことで、個人の自由を重視し、それに規制を加えるような国家の規制を最小限度にとどめようとする思想の持ち主のこと。
 ビットコインは、こうしたリバタリアンの思想に基づいて作られたものなのである。
 このようにみてくると、ビットコインを作った発想の根源には、政府の規制を逃れようとする反政府・反権力的な思想が潜んでいることが分かる。― 言い換えれば「アナキスト」(無政府主義)的な発想と呼んでもよいかも知れない。
 マスコミでは、ビットコインが値上がりしたとか、それで儲けた「億り人」が誕生した側面ばかりが大きく報道されることが多いが、実は、その開発の源流には、こうした反政府的な思想が隠されていることを知っておいた方がよいものと思われる。
(3) 規制に向けた動きは不可避だ
 ビットコインが「政府や中央銀行に管理されない」という発想に基づく通貨である以上、犯罪、マネーロンダリング、テロ資金、規制逃れなどのために利用されやすくなることは、ある意味で当然の帰結であるとも言えよう。
 社会のルールをしっかりと守って、清く正しく生活している一般の人々には、信頼関係に基づく既存の銀行システムを外れたところで、匿名性の高い通貨を利用する必要性は特別に存在しないのである。
 逆に、こうした通貨を必要とするのは、何らかの理由で匿名性を必要とするようなやや「後ろめたい取引」を行う人々ということだ。このため、闇サイトに於ける違法薬物の販売などでみられたように、「非合法の決済ツール」として使われる蓋然性が高いものとも言えよう。
 そうした非合法的な利用が目立ってくると、当然、当局サイドでは、こうした仮想通貨を「規制すべき」という議論が出てくることになる。ビットコインが規制逃れのために使われていた中国では、すでに2017年秋に主要取引所を全面的に閉鎖するという強硬措置が取られている。
 わが国でも、2017年4月に、「改正資金決済法」を施行して、仮想通貨交換業者(仮想通貨取引所)に対する登録制を導入しているほか、NEM (ネム)の巨額流出事件を契機として、交換業者に対するさらなる規制強化に向けた議論が行われている。
 また、2018年3月にブエノスアイレス(アルゼンチン)で開催された G20 (主要20ヶ国首脳会議)でも、仮想通貨に対して、グローバルな規制を検討していく方向性が打ち出された。
 今後、仮想通貨市場の分析・調査を行ったうえで、セキュリティやマネーロンダリングといった問題に対処すべく、規制や勧告を打ち出していく方針である。
 今後、仮想通貨に向けたグローバルな規制強化が不可避な情勢であるものとみられる。





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