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2018年9月25日 (火)

最後の保護主義モンスター? ⑤

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 たとえば、国際NGOが多くの貿易協定の中で問題としてきたいくつかの分野・規定がある。知的財産権の分野では、医薬品特許の保護強化が米国や日本などから提案されてきた。
 あるいは投資の自由化・保護を確保するために、地域で資材や労働力を調達する行為(ローカル・コンテンツ)は禁じられ、投資の契約後に規制を強化すれば「投資家の利益を損ねた」と政府が企業に提訴される危険性もある(ISDS条項)。こうした強者による強者の為の「有害条項」に対し、途上国やインドなどジェネリック医薬品製造国からは強い反対があり、また先進国の大企業に提訴される危険を多くの途上国・新興国の市民は懸念している。
 生命に欠かせない医薬品アクセスを求めることも、環境破壊を引き起こしかねない投資プロジェクトを拒絶することも、人権や環境、持続可能な開発、文化的多様性に基づく各国の合理的な主張である。
 今回の「貿易戦争」で重要な論点として提示されたのは、米国が「一度合意した自由化でも不可逆的ではない」ということを世界に示したことだ。
 もちろん現在の米国のやり方は評価出来ないが、自国の経済成長や産業構造の変化、雇用や地域経済の落ち込みなどに応じて、自由化と逆行する方針をとる選択肢はどの国にもあり得る。
 そもそも、関税引き上げや規制強化などの「自由化からの(一時)撤退」は、国民の生活や産業を保護する為、状況に応じて本来どの国にも認められるべき主張である。現在のWTOやメガFTAではこれらは「反貿易的」であって協定違反の対象になることが多いが、複雑化した先の見通しが立たない世界経済の中では、こうした柔軟な選択肢が平等に、公正に担保されるメカニズムが貿易協定には必要である。
 企業や投資家に一定程度の不便が生じたとしても、各国の政策判断のスペースを拡充していくことが必要なのだ。こうした要求をも短絡的に「保護主義」と括られるべきではない。
 今どの国にも問われているのは、民主主義や国家主権が自由貿易に従属させられている事態をどう跳ね返していくかであり、経済をどのように民主主義のもとで適切に規制し、コントロールして行くか、その方法についてである。
 そう考えた時、果たして日本はどのような立ち位置にいて、課題はどこにあるだろうか。
 地方と都市部の経済格差、人口格差は今後もますます進み、一部のグローバル企業にとっては自由貿易はバラ色でも、その他多くの労働者にとって、また農林水産業にとっては崩壊の道しかない。
 しかし、日本は「米国に代わり、最も熱烈に自由貿易を推進している国」と世界から評され、TPPや日欧EPA、RCEPなどのメガ協定の実現に邁進している。
 先進国も途上国も、グローバル化にどこまで自国を適合させていくか、それぞれの現実の中で矛盾を抱え深く迷っている。ここに私たちにとっての最大の不幸と課題がある。
 いま私たちは「米中貿易戦争」を傍観するのではなく、この三〇年間のグローバル化によって傷んできた日本国内産業や疲弊する地域経済を見つめなおさなければならない。
 WTO設立から25年が経過して、世界貿易の秩序は再編の時期を迎えている。先ずはそれを大前提と考えるべきであろう。これは何も新しい問題でなく、歴史を振り返れば世界経済は統合と分裂、拡大と縮小を繰り返してきた。
 自由貿易の矛盾と問題は、すでに人々の生活の隅々にまで浸透している。この事実を無視して自由貿易の拡大を目指すことは、各国の産業や国民生活にとって有害であるばかりか、世界経済をさらに不安定化させてしまう。
 トランプの存在が、その問題提起となり、改革に後見する「奇貨」となるのか、それともグローバリズムに倒される最後の保護主義モンスターとなるのか。
 答えは私たちのこれからのアクションにかかっているだろう。




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