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2018年10月26日 (金)

文明と歴史、 そして病気(6)―②

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 18.cのイギリスは海洋国家としての発展期にあり、フランスやスペインと戦争を繰り返し、アメリカ大陸やアジアでも覇権を争っていた。
 1740年、スペインとその植民地間の通商破壊の為に、世界一周の艦隊を派遣したが、4年後にたった1隻のみが戻り、1955人の水兵は904人に減っていた。かなりが壊血病の犠牲者だったという。
 1747年、長期航海中のイギリス軍艦ソールズベリーでも御多分にもれず、壊血病患者が出た。手をこまねいているよりはと、31歳の軍医ジェームス・リンドは艦長の許可を得て、症状が出ている水兵を12人ほど選んだ。全員同じ生活環境下に置き、同じ食事をさせた。その上で、2人ずつ6組に分け、それぞれにアップルサイダー、硫酸液、酢、海水、オレンジとレモン、ニンニクとマスタードや香辛料で作ったペーストを与えた。酸っぱい物がよいという、漠然とした経験則があったようだ。
 実は、柑橘類の壊血病予防効果は1593年にホーキンス提督が認めていたが、その記憶は生かされていなかったのだ。
 これは史上初めてのコントロールされた治験であり、結果は単純明快だった。オレンジとレモンを与えられた水兵はむさぼるように食べ、一週間以内に症状が改善して他の患者を介抱するまでになった。りんごの絞り汁を軽く発酵させたアップルサイダーにも多少の効果があり、他の液体やペーストは無効であった。しかし、このデータが公刊されるまで6年かかり、普及するにはさらに時間を要した。
 なお、海軍病院長となったリンドは、新兵の検疫期間を設け、彼らに制服を支給し、私服を煮沸消毒して、付着している病原体や寄生虫を船に持ち込ませなくさせた。感染症も航海中は脅威であり、細菌の発見より100年以上も前ではあったが、知識と経験に基づき、世界に先駆けて防疫体制を整えたのだ。
 リンドの治験から21年後の1768年8月、イギリス軍艦エンデバーは大西洋を南下し、南太平洋のタヒチ島に向かって出発した。艦長はジェームズ・クックで乗組員は94人。ミッションは太陽の前を通過する金星の観測と壊血病予防策の検討である。
 彼は若い頃に参加したカナダの測量・探索で多くの隊員が航行中に壊血病で死ぬのを目の当たりにし、問題意識は強かった。
 エンデバーに、発酵させるとビールになる麦芽汁、濃縮オレンジジュース、それにキャベツの漬け物ザワークラウトなどが積み込まれた。




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