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2019年1月10日 (木)

メディア批評第133回―②

続き:
 長くトップの座にあり権限が集中すると我が儘が出る。ゴーン氏に限らず、経営トップの暴走は企業社会に珍しくない。それは社内の問題だ。とはいえ取締役会を開かずに、ごく少数の役員が検察を使って会長を排除する、というのは「やり過ぎ」ではないのか。
 問題のある経営者を排除するため取締役会で緊急動議にかけ解任を決める、というケースがままある。
 そうした会社のルールを踏み越え、検察という「外部権力」を使った解任。軍を動かして実権を握るクーデターを連想させる。
 翌日の新聞・テレビで、不可思議な解任劇をを取り上げたものはほとんどなかった。報じられたのは「ゴーンの私的流出」の数々。「ベルギーの子会社を使って海外の不動産を自宅用に買った」「ワイナリーも」「家族旅行に専用ジェットを使った」。出所は検察である。いつものことだが検察は情報を封鎖し、検察担当の記者だけを招き入れる「夜回り」や「懇談」で検察のストーリーに沿った情報を流すのだ。
 お釈迦様の手のひらで踊る孫悟空のように、記者たちは走り回り「独自ダネ」を競い合う。
 「日産再生の英雄」として「ゴーン革命」を囃していたメディアは、一転して「独裁経営」「公私混同」と批判する。ゴーン氏に落ち度はあったのだろう。しかし、それは特捜部がいきなり逮捕しなければならないような深刻なものだったのか。
 日産でゴーン氏の言うなりになっていた経営陣が、なぜこの時期に寝返ったのか。
 検察の判断は正しかったのか。
 メディアが解き明かす課題は山ほどある。




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