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2019年1月 5日 (土)

遺体科学の挑戦(2)―③

続き:
 私(遠藤)たちはいわば消防士に近い。死体はいつどこで、どう生じるか分からない。しかし、消防士があらゆる火災に迅速、的確、臨機応変に対処して、火を消し、人命を救うと同様に、遠藤たちは突然生じる死体が世の中に迷惑を生じないように、動物園を助けて死体を運び出すという、初動任務を帯びているのだ。
 だが、最も大切なのは、単に片づけることではない。遠藤たちは解剖する研究者である。生じた死体から、遠藤の研究室は、そのための好奇心と研究手技を普段から温めて置く。
 今、眼前の前でライオンがキリンがゴリラがゾウが死んだとき、どのようにすれば良い研究ができるかという道筋を、普段から頭脳と実技において研ぎ澄ませておかなければならない。
 死体といえば、まったくもって理想とはかけ離れた状態で、姿を現すものである。
 ある盛夏の日、巨大な死体を博物館へ輸送したことがる。死体は見る見る腐敗が進み、蛆がわき、早い段階で破壊していく。遺体科学の現場とは、つねに蛆や腐敗との格闘でもあるのだ。
 そんな腐りゆく死体で、遠藤は学生を引き連れて解剖を進めることにした。まずは脊髄神経の走行を見ろと論す。
 「先生、これじゃ、何も分からないですよ」と間もなく学生から泣きが入る。「腐ってしまっていて、筋肉も神経も見えないです」
 すかさず年上の出番だ。
 「何を言うか。消防士はこの火事は嫌いだから消さない、とは言わないぞ。プロの学者を目指すなら、死体を選ぶな。どんな死体からでも発見して、それを人類に残せ」
 遠藤が若者を育てるときの一シーンである。
          ― 消防士兼科学者
 遠藤はこうして死体を集め続ける。そして死体から必ず発見をする。遺体科学のこの営みを、「無制限無目的収取」と呼んできた。研究の多くの場合税金を投じるので、遠藤は、税金を無制限無目的に使っているということになる。
 それでよい。
 税執行を目的化したら、純粋基礎科学は成立しない。目的化した研究は営利企業の真似事にしかならないのだ。
 無制限無目的に集積される死体は、すぐに知の多からに化ける。骸が、人類の知の源泉に生まれ変わる。数え切れないほどの死体が自らの身体の歴史を遠藤に語り始めるとき、人類はこれまでよりさらに一歩、進化の真実に迫ることができるのである。
          ― 無制限無目的




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