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2019年1月19日 (土)

Clinical その痛みの原因は? ③

続き:
3. 診断が難しい歯原性歯痛
 痛みの原因が歯原性ではないとの紹介で来院したが、実際は歯原性歯痛であった症例を紹介する。
● 症例 1 31歳、 女性
   紹介理由 : ブラキシズムの治療
   主   訴 : 口の中、全体が痛い
 
   現病 歴  ; 5日前より左上の前歯に拍動性疼痛を認め、その後、痛みは左側顔面全体に及ぶようになった。紹介先にて診査、X線検査を行うも歯に異常性はないので、歯ぎしりが原因ということで非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs) の処方のみとなり、服薬するが効果が無いため紹介来院。
   診   断 : 上顎左側切歯急性化膿性根尖性歯周炎
 症例 1は、視診およびX線検査にて病的所見を認めない、すなわち視覚情報によるアンカーリング・バイアス(投錨効果)が強く働いた症例である。強い自発性疼痛を訴えるだけでなく、口腔内診査においても非常に強い打診反応を認めた。このため上顎左側切歯が原因歯であることは十分予測できたと思われるが、視覚情報から投錨効果(アンカーリング・バイアス)により歯髄疾患に対する考えが早期閉鎖され、他の情報の収集(電気歯髄診断など)が行なわれなかったと考えられる。
 X線検査の所見は、臨床所見や病理組織所見と必ずしも一致するものではなく、X線検査において透過像として診断される病変は、歯槽骨の骨塩量が30~60%変化してから現れるとされている。つまり「X線検査における病的所見=透過像」では決してなく、急性炎症ではX線検査にて病的所見が認められないことがある。すなわち透過像を認めるには骨の十分な吸収が必要で、臨床的に慢性化してからでないとX線の透過性は亢進しない。
 このため発症直後の急性症状をX線検査で診断するのは難しく、吸収像を認める急性症状の場合は慢性からの急性転化と考えるべきである。また病的所見は必ずしも骨塩量の減少による透過像だけではなく、増加による不透過像の亢進もあり、慢性炎症ではX線透過像だけでなく、不透過像が混在もしくは不透過像が主体となることもある。
● 症例 2 49歳、男性
   紹介理由 : 原因不明の疼痛
   主   訴 : 左側臼歯部の激痛
   現病 歴 : 1週間前、夜間に左下の奥歯に強い痛みを認めた。痛みは間歇的に続いたが翌日にはうずく程度になった。その後、夜になると痛みを認めるが、水を口に含むと症状が緩和される。紹介元にてX線検査を行うも歯に原因はないので処置はなくNSAIDs の処方のみになったが、服薬するも痛みが緩和しないため来院。
   診   断 : 下顎左側第二大臼歯化膿性歯髄炎
 症例 2でも視覚情報にて病的所見を認めない投錨効果(アンカーリング・バイアス)が働いたことが疑われる。特に処置歯は治療が完了しているものとして、ルール・バイアスが働きやすく、原因歯としての考えから外れてしまう傾向がある。全部鋳造冠のマージン部から内部の歯質へのう蝕や、インレー直下のう蝕などは視診での確認が難しいことに加え、X線検査でも投影角度により発見が難しいことが多い。
 さらに全部性歯髄炎は、歯髄の炎症が根尖から歯根膜に波及するため、激烈な痛みを訴える歯髄炎であれば、打診反応を認めるはずというルール・バイアスも影響したと考えられる。この「打診反応がない=歯髄炎ではない」というバイアスが生じたところに、症例 1と同様X線検査でも病的所見認めないため投錨効果はさらに強くなる。
 このため同じ急性化膿性歯髄炎の臨床症状として挙げられる冷刺激での痛みの緩和という情報はコンファーメーション・バイアス(確証バイアス)により必要のない情報になってしまう。
 全部性歯髄炎における痛みは、発生由来から歯髄炎の痛みは内臓痛、歯根膜炎の痛みは体性深部痛に分類され、歯髄と歯根膜は異なる性質の痛みを発する。打診反応は不可逆性歯髄炎の重要な指標となるとされているが、歯髄内の炎症は必ず根尖から歯根膜へ波及するわけではなく、歯髄が強い内臓痛を発しても歯根膜に炎症が波及しなければ打診反応は認めない。
 さらに内臓痛である歯髄炎は痛みの定位が悪く放散性に痛みを認めるため、歯根膜まで炎症が波及していない歯髄炎は激しい痛みを認めても部位の特定が難しい。また歯髄は炎症により血管の拡張や透過性の亢進が認められ、さらに炎症が進行すると温度閾値が低下し体温でも痛みを感じるようになる。
 このため口に水や氷を含むと口腔内の温度が下がり歯髄の痛みが一瞬緩和される。逆に夜間は自律神経系における副交感神経の活動が優位になるので、歯髄の血流が増加し痛みが増大する。
 つまり激しい歯痛が主訴で夜間の痛みの増大、口腔内の温度の低下により痛みの一過性の緩和を認める場合は、いずれかの部位に急性の歯髄炎が生じている可能性が高い。
 





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