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2019年1月24日 (木)

EU の事例から ⑥

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 最近、ドイツのメディアは、電子版において次々にネット上のコメントを制限、編集、あるいは完全にシャットアウトしている。2018年8月から、公共放送のドイチェ・ヴェレもこれに加わった。
 理由は、「ネット上の書き込みがまともな意見を交換できるような水準ではなくなったため」(ドイチェ・ヴェレ)である。読者がネット上の記事にコメントできる欄を設けて以来、たった十数人が連日、大量の書き込みをしていた。意見は偏るばかりでありであり、「ヘイトスピーチ」を含む書き込みが多くなりすぎたために、まともな議論の場が阻害され、編集者の時間とエネルギーが無駄に使われてしまう恐れがあった。
 ドイツのメディアが電子版での書き込みを制限するようになったのは、数年前からのことである。南ドイツ新聞は、2014年から記事の下にあった書き込み欄を廃止、かわりに編集部が毎日、日替わりのテーマを三つ提示し、それに関する意見を書き込めるようにした。それには名前と自分のメールアドレスなどの記入が必要で、(入力されるのが偽名であるとしても)まったくの匿名で書くことはできない。
 匿名で書くことには、感情的になったり暴言を書いたりしても許されるという心理があることを理解してのことである。
 南ドイツ新聞のホームページを真ん中のあたりまでスクロールしていくと、「私たちと一緒に議論しましよう!」という項目がある。ある日のテーマに、こうあった。
   ・ハーツⅣ(失業者に与えられる援助金制度)に関してあなたの意見をお願します。
   ・CDUの次の党首にはメルツ、クランプ・カレンバウアー、シュパーンの誰が適任だと
    思いますか?
   ・ディーゼル車の規制はもっと厳しくするべきでしょうか?
 サイトでの書き込み欄は意図的に見つかりにくくされ、書き込むためのハードルがいくつかあることで、読者が安易な入力をしないような仕組みになっている。南ドイツ新聞によると、無制限のコメント欄を廃止して以来、ヘイトスピーチを含むようなコメントは殆ど無くなったという。書き込み欄を三つのテーマに絞ることも、内容についてより建設的な意見を交換することにつながっている。
 スイスのノイエ・チュルヒャー紙も、2017年2月にコメント欄を廃止した。同紙はかわりに「読者の議論の場」を設け、毎週一回、記事の書き手と議論できる機会とした。しかし、読者と同紙の意見交換の場として利用されることが極めて少なくなったため、再びコメント欄を設けた。ただし、無制限ではなく、一日に五つの記事についてのみコメントが可能であるとした。
 読者の書き込み欄を廃止、あるいは制限することは表現の自由にかかわるのでないか、との意見もある。しかし、ネット上のコメントを選別あるいは制限しないかぎり、コメントの質が保証されないことは、各社が実感している。
 フランクフルター・アルゲマイネ紙(FAZ)とツアイト(Die Zeit)の電子版は、それぞれコンサヴァリオ、ゾーイーという名の人工知能を使い、ヘイトスピーチや中傷を含むコメントをある程度ふるいにかけてから、編集部が読んでいる。自社のサイトと違って、フェイスブック上の書き込まれるメディアへのコメントとなるとまさに「質より量」となるため、「量より質」を目指すメディアにとって、事前に選別されたコメントを読むことは、何が重要であるかを見えやすくするだけでなく、編集部員の時間の節約にもつながるという。
 FAZ電子版は2015年から難民危機、イスラエルやロシア/ウクライナのテーマ等、国際ニュースに関するコメント欄を大幅に制限している。世論をかく乱しようとする国内外からの組織的なトローリング(煽りや釣り)によってコメントが増えることもあるからだ。
 コメントを「編集する」ことで、編集者たちに発見もあった。読者の棲む地域に関する記事のコメントのほうが、世界情勢や全国レベルの一般ニュースより、はるかに具体的で議論に値することが書かれるという。
 日々の生活に直接影響のあるテーマに対してのほうが読者は真剣になる、ということであろう。また、写真やビデオが添付されている記事に関するコメントは、感情的なものが多くなる傾向にある。
 きわめつきはアメリカのユダヤ新聞電子版のタブレットで、同サイトは各記事にコメント欄を設けてはいるものの、コメントを書くごと2ドル、あるいは毎月18ドルの料金を求めている。料金の導入は「コメント抑止」につながり、むやみにヘイトスピーチを増幅させないためである。
 各メディアとも「読者に無制限に意見を言わせることではなく、読者とのつながいは今後も大切にしたい」、ということには変わりない。大切なのは、「どくしゃの発現の自由を妨げるのではなく、特定のテーマについて読者が何を考えているかを知ることで、メディアに携わる側も学ぶことがあるはずだ」(南ドイツ新聞)、ということ。
 質の高い情報をどう入手するべきか、正確な情報をどう伝えるべきか。受け手も発信する側も大きく変わりつつある。
 いま、私たちがデジタル革命の入り口に立っているとすれば、ネットが及ぼす影響について理解し、規制やメディアの対応を柔軟に変えていくことは不可欠である。
 ネットが普及し、便利になった一方で、ネットには「副作用」があるということを、利用者はようやく理解し始めているのかもしれない。
 





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