« Clinical ブラキシズムとしての TCH ⑤ | トップページ | SAR報酬 »

2019年3月 3日 (日)

有価証券報告書虚偽記載罪

細野祐二(会計評論家)さんは『世界 3』に「日産ゴーン事件の研究」として研究文を書いている。その文章を載せる。コピー・ペー:
                       ■
 2018/11/19 pm.仏ルノー・日産自動車・三菱自動車の会長を兼務しているカルロス・ゴーン氏は、自家用ジェット機で羽田空港に入国するや直ちに空港内で東京地検特捜部に任意同行を求められ、同日夕刻、そのまま逮捕。日産の代表取締役であったグレッグ・ケリー氏も同日ほぼ同時刻に逮捕されている。
 逮捕事由は、日産自動車の2011年3月期~2015年3月期迄の5事業年度において、カルロス・ゴーン元会長の役員報酬が実際には99億9800万円であったところ、これを49億8700万円として虚偽の有価証券報告書を5回にわたり関東財務局に提出したという金融商品取引法違反(有価証券報告書虚偽記載罪)容疑である。対象期間の日産自動車の有価証券報告書には、代表者の役職氏名として、「取締役社長 カルロス ゴーン」と記載されている。
 その後の新聞報道によれば、過小計上額50億円はゴーン元会長の役員報酬の先送り額で、ゴーン元会長は、高額報酬の批判を避けるため、先送りした報酬を退職後の顧問料などの名目で受け取ることを計画していたという。
 役員に対する将来給付が現時点における役員報酬に該当するかどうかは、企業会計原則における発生主義の原則により判断される。企業会計原則上、将来給付が費用計上されるためには、
 ① 原因事実の発生
 ② 支払額の合理的見積もり
 ③ 支払の蓋然性
という3つの要件の全てを満たしていなければならない。
 先送りした報酬をゴーン元会長の日産再建という過去の功績に対する後払い報酬と考えると、ここでの50億円は支払が将来になっただけのことで支払の原因となる事実はすでに発生している。先送り報酬を役員報酬として計上するための ① の要件は満たされていることになる。
 ところが、ゴーン元会長は、先送りした報酬を退職後の顧問料などの名目で受け取るつもりだったという。そうすると、先送り報酬の原因となる事実は、ゴーン元会長が将来日産に提供する(競業避止を含む)顧問業務にあることになる。
 先送り報酬の原因事実は将来にあり、決算期末時点には発生していない。この場合、① の要件は満たされない。要するに、ゴーン元会長に対する先送り報酬が発生していたかどうかは、事実認定の問題ということになり、現段階ではどちらともいえない。
 そこで、発生主義の ② の要件を検討すると、先送り報酬は取締役会の承認を得ていないものの、金額を明示した文書が残されている。② の要件の「支払額の合理的見積もり」は問題なく満たされている。
 一方、③ の要件の先送り報酬の支払の蓋然性は高いとは言えない。なぜなら、この手の超高額役員給付は、たとえ現時点においていくら明示的に決定されていても、実際には支払われないことが多いからである。
 役員に対する超高額将来給付は、ほぼ例外なく、企業の業績好調期に決定。ところが、10年後にいざこれを支払う段になると、その企業の業績は低迷していることが多い。企業のビジネスモデルの耐用年数が短くなっているのである。
 今現在儲けの出ているビジネスモデルは、そのままの形では、社会変化の激しい中長期において通用しない。過去の業績絶好調期に決定された超高額役員給付は、将来の業績低迷期には、支払いたくとも支払えない。
 役員に対する超高額将来給付はその時点の権力者によって決定される。ところがこれを支払うのは、その時点の権力者ではなく、将来の権力者なのである。その時、支払い決定時の権力者は退職しすでに権力を失っている。
 この場合、新権力者が旧権力者の決定した超高額給付を支払うというのは、在任中の企業の業績を悪化させるだけのことで、自分にとって何のメリットもない。すなわち、超高額将来給付が本当に支払われるためには、旧権力者は、退任後といえども企業に対して強い支配力を維持していなければならない。
 ゴーン元会長は、自分の退職後における強い影響力の保持を夢見ていたであろうが、ゴーン元会長は、発行済株式総数42億2072万株の日産自動車の株を300万株持っていただけのことで、その持ち株比率は0.07%に過ぎない。
 どのような画策を行おうが、一旦日産自動車をやめてしまったら、ゴーン元会長がその権力を維持することは不可能に近かったのである。超高額役員報酬がその後実際に支払われるというのは、退職後の権力維持が持株により保証されたオーナー経営者に限られた現象で、サラリーマン経営者にこの力学は通用しない。
 企業会計原則の発生主義の原則に基づく客観評価を行う限り、ゴーン元会長が50億円の先送り報酬を手にする蓋然性は極めて低かったと判断すべきであろう。現に、日産も、この期に及んで、ゴーン元会長の先送り報酬50億円など支払おうとしないではないか。
 ゴーン元会長に対する先送り役員報酬に関しては、報酬額が文書で残されており、その金額が確定的であったことを理由として、だからということで、有価証券報告書における開示義務があったとする非会計的論調がある。
 しかし、企業会計原則には、金額が確定的で文書化された将来給付が引当計上されるべきなどとはどこにも書かれていない。
 本件では、有価証券報告書における開示額の算定基準が問題とされている。日債銀事件の最高裁判決(2009/12/17)における古田裁判長の補足意見には、「有価証券報告書の一部をなす決算書類に虚偽記載があるかどうかは決算書類に用いたとする会計基準によって判断されるべき」と記載されている。
 有価証券報告書における開示が求められる「総額1億円以上の役員毎の連結役員報酬等の総額」は「有価証券報告書の一部をなす決算書類」そのものではないが、求められる開示額は「連結役員報酬等の総額」と会計的定義がされている。その算定基準が会計基準にあることは自明であり、その会計基準とは連結財務諸表等規則並びに「企業内容等の開示に関する内閣府令」のことをいう。これらの会計基準は企業会計原則を基準化したものに他ならない。
 以上、企業会計原則上の発生主義の原則に従う限り、ゴーン元会長の先送り報酬50億円は有価証券報告書において開示すべき役員報酬には該当しない。
 すなわち、ゴーン元会長の逮捕事由である有価証券報告書虚偽記載は根拠無し。





« Clinical ブラキシズムとしての TCH ⑤ | トップページ | SAR報酬 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 有価証券報告書虚偽記載罪:

« Clinical ブラキシズムとしての TCH ⑤ | トップページ | SAR報酬 »