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2019年5月 6日 (月)

■ 感染症と人間 (1)―③

続き:

 

 母が私(山本)の部屋のドアを開けた。

 「ばあちゃんが・・・・・・・」と、母は言った。その時不意に涙が溢れてきた。それでも私は、ベッドに寝転がったまま、天井を見つめていた。

 「ここはいいから、お帰り」と、言っていた元気だった祖母は、それから2ヵ月も経たないうちに逝った。

 のちに聞いた話では、手術創には大量の緑色膿が見られた。抗生物質が効かなかったという。「緑色膿」という言葉の持つ不思議な鮮明さが記憶に残った。

 それから、さらに30有余年が過ぎた。その間に、わたし(山本)は医学部へ進学し、医師になり、自らが感染症を専門とする公衆衛生学者・医療人類学者になった。今であれば、祖母の死は、多剤耐性緑膿菌感染をよるものだった可能性が高いことがわかる。

 緑膿菌はグラム陰性桿菌で、その名前は、菌が産生するピオシニアンという緑色素に由来する。1872年に発見、命名され、1882年には緑に着色した包帯から初めて菌の分離、培養が成功した。通常、病原性は低く、菌が存在していたとしても病気を起こすことはない。ただ、重度の火傷や手術、がん治療などによって身体の抵抗力が低下すると肺炎や創傷部感染症を引き起こし、その結果死亡することもある。

 1960年代以降、緑膿菌に有効な抗生物質が発見、実用化されていったが、1970年代には早くも、複数の抗生物質に耐性の菌の存在が知られるようになった。

 

 ある報告に依れば、2050年の薬剤耐性菌による死亡は、世界で1000万人を超えるという。1940年以降、世界の平均寿命は大きく延びた。抗生物質の開発と普及はそれに大きく貢献した。なのに、抗生物質時代の後に来るポスト抗生物質時代が、プレ抗生物質時代への回帰だとすれば、あるいはそれに止まらないとすれば、なんという皮肉だろうか。

 我々は自らの身体内ににも複雑かつ精巧な微生物との生態系を有している。その撹乱は、人類全体にとって大きな損失をもたらす可能性がある。「旅」はまず、抗生物質の発見から始まる。

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