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2019年5月 5日 (日)

■ 感染症と人間 (1)―②

続き:

 祖母の好子は無学だが、心優しい女性であった。その祖母に、友達がもっているおもちゃが欲しくて、癇癪を起こして泣いたことがあった。家にはお金がないことは、子ども心にもわかっていた。祖父母の家には、屋内にトイレがなかった。地面に掘った穴に板を渡しただけのトイレが戸外にあった。祖父母とわたし(山本)らは夏も冬もそれを利用した。もちろん風呂などない。

 結局祖母はそのおもちゃをわたし(山本)に買ってくれた。確か280円だったと記憶している。そのお金は、祖母が和裁の内職をして貯めたお金に違いない。そのおもちゃがその後どうなったか、今となっては、明確な記憶はない。だけど、その時のことを謝りたかったのだ。

 

 祖母が入院して、1週間が過ぎ、2週間が過ぎた。それでも、祖母が退院することはなかった。手術には母が付き添った。

 「先生も大したことはないと言っているし、大丈夫だから勉強なさい」と母は言った。だからその間、わたし(山本)はその町の医院の二階にある病室へ祖母の見舞いに行くことはなかった。

 「おばあちゃん、病院を変わったの」と、母が言ったのは、祖母の入院にわたし(山本)が付き添ってから3週間ほど経った頃のことだった。わたし(山本)らが暮らす町から距離で40kmほど、電車で1時間ほど離れた、その辺りでは大きな街の病院へ転院したというのである。病院は、海の見える高台にあり、戦前は、鎮守府のあった海軍さんの病院として知られていた。そこで祖母は緊急手術を受けた。その話は祖母が亡くなった後に聞いた。

 

 秋の気持ちのいい午後のことだった。「家へ帰りなさい。お母さんから連絡があった」と担任の先生が言った。校庭の時計は午後2時を指していた。

 帰宅した家には、近所の人が出入りしていた。父母を探したが、姿は見えなかった。靴を脱ぎ、忙しく立ち働く近所の人に軽く頭を下げ、二階の自分の部屋へ上がっていった。机と本棚、ベッドがあるだけの質素な部屋のベッドに横になった。天井にヒツジ雲のようなシミが見えた。

 

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