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2019年6月30日 (日)

政治のプライバシーとプライバシーの政治 ⑦

続き:

 

7 プライバシーの政治

 

 プライバシーの政治は、折しも2018年世界で見られた。EUの一般データ保護規制の適用開始は、EU の政治の力の証明である。2019年5月に行われる欧州議会の選挙においても、ソーシャルメディアが不当な影響力を及ぼすことをおそれ、欧州議会選挙における個人データの保護に関する規制を改定してきた。アメリカでは大手IT企業を抱えるカリフォルニア州において、GDPR に類似する消費者プライバシー保護法が成立するという政治決断がみられた。

 従来から、プライバシー権は「独りにしておいてもらう権利」としての私生活の保護に力点が置かれてきた。しかし、その後、個人データをいつどこで誰にどのように開示するかを決定するかについての自己情報コントロール権として発展してきた。FB=CA 事件において明らかにされたとおり、高度に発展した ICT 技術により情報流通過程が複雑化する中で、個人はもはや独りにしておいてもらうことも、自己情報をコントロールすることも困難になった。

 現代の社会に求められるプライバシー権とは、デジタル空間においてアルゴリズムによって勝手に自我像を作られることなく、様々なデータに触れつつも反芻のプロセスを経て人間自らが「自我を造形する権利」としての性格を帯びつつある。

 プライバシー保護の問題は、必ずしも政治イデオロギーによって立場が異なるものではない。 FB=CA 事件にについても、EU 離脱派の保守層とデータ分析会社が結びついた政治の保守勢力による企てであると結論づけるのは誤りであり、事実、この事件の一方で、EU 残留派がデータブローカーを通じて、選挙活動を行い、データブローカー会社が制裁金を科されている。データは、保守・リベラルを問わず、悪用されうるのである。同時に、プライバシーに無関心な政党は、保守・リベラルを問わず、データ駆動型の選挙活動により敗北を強いられることとなりかねない。

 投票の秘密の保護は、広い意味でプライバシー権であると解することができ、個人の政治的見解や投票行動がプラットフォーマーに詮索される状況はプライバシー権の侵害であり、同時に民主主義の病理となる。個人の私秘性を保護することが民主主義の発展につながる、という認識に立つ限り、プライバシー保護は党派を超えた普遍的な課題である。プライバシーは今後の政治プロセスにおいて不可欠な要素をなすことになるであろう。

 

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