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2019年7月31日 (水)

感染症と人間(4)―③

続き:

 

ポスト抗生物質時代 (2)

 

                       ※

 人類の長い歴史を振り返ってみれば、おそらく、そうした常在細菌叢の大きな変化は、少なくとも3回はあったと思われる。1度目は、ヒトが火の利用による加熱調理を始めたとき。ヒトがいつ頃から火の利用を始めたか、それを正確に推測することは難しい。小規模な火の使用の後は物的証拠として残りにくいし、また、何らかの証拠が残っていたとしても、それを自然発火と区別することは容易ではない。それでも、12万5000年ほど前には、ヒトは恒常的に火の使用を行っていたらしい。

 火の使用はタンパク質の加熱を通してヒトの消化吸収を助け、摂取エネルギーを高め、ヒトの脳の拡大を支えたが、わたしたちの消化管に常在する細菌叢も変えた。

 2度目の大変化は、約1万年まえに始まった農耕によって引き起こされた。農耕は、それまで狩猟採集に生活をしていたヒトの食性を、動物タンパク質中心のものから穀物中心のものへと大きく変えた。それは当然、わたしたちの腸内に常在する細菌叢にも影響を与えたはずである。

 そして、火の使用や農耕の開始に匹敵するほど大きな3度目の変化が、約70年前から始まった抗生物質の使用ということなのだ。それが意味することは何か。

 1度目、2度目の細菌叢の変化は、おそらく、何千年、何万年、あるいは何十万年といった時間軸の上で起こった。一方、ヒトが抗生物質を使用し始めて起こった変化は、わずかに数10年といった時間単位のなかでの話となる。生物としてヒトは今、その変化に戸惑いながら新たな適応の道を模索しているとしても、ヒトが、今の状況に適応するには、その時間があまりに短く、過去の進化の過程とミスマッチを生む。それが現代の疾病の奥に隠された事実なのかもしれない。

 わたしたちにできることは何か。

 わたしたちは、ポスト抗生物質時代における新たな関係を築き上げるために、もう1度、抗生物質との関係を見直す必要がある。

 答えは明らかである。抗生物質の使用を必要最小限にまで減らせばよい。すべての細菌に効く抗生物質ではなく、特定の細菌にだけ効く抗生物質を使用すればよい。しかしそこへ至る道は容易ではない。

 感染症の脅威を少なくするための「魔法の薬=抗生物質」の登場の後に見えてきた世界は、健康であるためには、細菌は少ないより多い方がよいという事実だったとすれば、なんという皮肉だろう。

 「ヒトとともに古代からある細菌には、そこにあるための理由があり、ヒトの進化にもかかわってきた。それらを変えることは何であれ、潜在的対価をもたらすことになる」

 ニューヨーク大学微生物学教室教授で米国感染症学会元会長マーティン・ブレイザーの言葉である。この言葉の意味をもう一度ゆっくりと考えてみる必要がある。

 

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