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2019年7月 1日 (月)

マイナンバー・リスク ①

白石 孝(プライバシー・アクション代表)さんは「世界SEKAI 2019.6 に載せている。コピー・ペー:

 

<マイナンバー前史>

――2015年の運用開始~4年、「マイナンバー」という形で全国民(中長期在留外国人を含む)に番号を付すことは実施されましたが、マイナンバーカードの普及率は低迷している。その普及のため、政府は健康保険証とのリンク等を検討している。情報流出なども懸念されますが、市民としては、監視ツールとして「活用」されるリスクも気になります。そもそも、マイナンバーの発想は、どこからきたものなのでしょうか。

白石 我々がいま見ているマイナンバーというシステムに至るまでには、少なくとも40数年の歴史がある。元来は戦前の治安維持などを担った内務省官僚的な発想で、「住民票に番号を付けて全国民を管理したい」というアイデアが始まりでした。

 最初にその構想が実現したのが、住民基本台帳です。1999年に改正住民基本台帳法が通り、2002年から住民基本台帳ネットワークシステム(住基ネット)として実施された。ところが、住民票に番号をつけることはできたものの、住基カードの普及率は10年間かけても10%にも達しないくらい低迷しました。そこで浮上したのが、住基ネットをベースとして、さらに機能を数多く上乗せした個人番号、「マイナンバー」制度である。

 住民票コードからマイナンバーをつくるわけですし、また住基ネットの個人情報がマイナンバーによる連携に反映されるので、この2つは密接不可分な関係だ。ただ、当然ですが数字としては全く違う番号になる。住基ネットは11桁で、マイナンバーは12桁である。住基ネットは廃止されていませんから、現在の日本で全員付番は2つの番号が併存している形です。

 住基ネット~マイナンバーに転換するアイデアが出たのは、2009年の民主党政権下でした。目玉政策の「社会保障と税の一体化」がきっかけであった。社会保障の拡充、つまり低所得層だけでなく中間層にも広く公平に社会保障を行き届かせて充実させていくためには、所得を厳密に把握してリンクさせていく必要がある。所得の捕捉は住基ネットではできませんので、そこでマイナンバー制度が必要だという流れです。

 東日本大震災の3カ月あまり後に「社会保障・税番号大綱」が発表されますが、これは一度も国会審議されることがないまま、民主党政権は瓦解します。

 その後、2012年に第2次安倍内閣が誕生し、民主党案を踏襲しつつも民間利用に広く道を開くように手直しし、新たに番号法案が上程されます。そして2013年3月の閣議決定からわずか3カ月というスピード審議で可決、成立し、5月末には公布となった。

 番号管理は、住基ネットでは自治事務でした。そのため、当時、横浜市、杉並区、国立市、福島の矢祭町など、強固に反対してそのシステムの導入を阻む自治体が全国に存在した。マイナンバーは、そうした抵抗の余地を残さないため、国の事務に変えています。50年近く激しい議論を繰り返してきた、いわゆる「国民総背番号制度」は、安倍政権の数の力によって導入されてしまったのである。

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