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2019年8月12日 (月)

Clinical 「超高齢社会を支える義歯治療」 ①

水口俊介(東京医科歯科大学大学院総合研究科高齢者歯科学分野教授、同大学歯学部付属病院副病院長)さんの研究文を記載する。 コピー・ペー:

 

                       要 約

 高齢者の残存歯は増加している。8020達成者もついに50%を超えた。しかしながら、寿命の延長により大型義歯の需要はさほど減少せず、その上難症例の割合は増えている。大型義歯の究極は全部床義歯であるが、全部床義歯の形態や印象は周囲軟組織の動きに影響される。また、正確に顎間関係を記録することが必要だが、高齢者では困難な作業である。この研究文では全部床義歯の臨床を左右する重要なステップである印象採得と顎間関係記録について解説。

 さらに今回新規に保険導入された軟質裏装材について言及する。これらを正しく理解・習得し、いかに確実に積み重ねていくかが上達の秘訣である。

 

1. 義歯治療の目的

 

 残存歯数や口腔機能と全身の健康状態とは密接に関係している。例として上げているのは、イタリアのある地域での義歯を入れることと平均余命との関連についての調査結果である。調査では、18歯以上の残存歯がある人または18本義歯を入れている人と、義歯を入れていない人の間には生存曲線に有意差があり、歯が少なくて義歯をしていない人のほうが短命であったことが示された。

 また宮古島での調査によると、80歳以上の高齢者において機能歯数(義歯を入れている場合は歯あるとする)10歯以上とそれ以下では、男女とも生存曲線に有意差が見られた。このように義歯を装着し口腔機能を回復することが全身の健康に関連し、その影響は高齢になるほど大きいことが明白になっている。

 

2. 義歯治療を成功に導くポイント

 

 2016年度歯科疾患実態調査に於いて8020達成者が51.2%であったことからも、高齢者の残存歯残存歯数は増加。無歯顎者は減少しているが、当該年代の人口も多いため全部床義歯を代表とする大型義歯の需要は依然として多い。さらに、日常生活動作(ADL)の低下した患者が多いため、在宅診療での即応力も要求されるであろう。

 全部床義歯は人工歯と義歯床のみで構成されているし、これが上下無歯顎堤間の広い空間に存在し、義歯周囲軟組織や顎堤粘膜、人工歯咬合面を介して伝達される様々な力の中でバランスをとりながら機能しているため、形の成否は機能の成否となる。―必ず押さえるべきポイント、陥りやすい間違いについて解説する。

 

3. 上顎の印象採得について

 

1) 上顎義歯の後縁

 上顎義歯の後縁決定に用いる解剖学的ランドマークは、ハミュラーノッチ、翼突下顎ヒダ、口蓋小窩、アーライン(振動線)である。教科書的で、もう誰もが知っている事項であるが、なぜかこれが守られていない義歯が多い。後縁まできっちり採ると、かなり大きい義歯に感じてしまうのであろうが、正確な印象は十分な維持安定をもたらし異物感は少ない。

 長年、嘔吐反射が強く無口蓋義歯でもだめだった患者が通常の有口蓋の義歯でも、きっちりと印象を採ったことで口腔内の動きが小さくなり、装着することが可能になる場合も少なくない。

 翼突下顎ヒダは上顎辺縁形成の出発点だ。従って、上顎の個人トレーはここを避け、コンパウンドで印記する。ここが翼突下顎ヒダだと認識したということと、ここから辺縁形成をするのだという意思を込めて個人トレーはクランク状にする。

 予備印象に翼突下顎ヒダが明確に印記されていない場合には必ず口腔内でヒダと個人トレーの位置関係を確認する。時にはっきりしないケースもあるが、後縁決定には重要な要素なので必ず確認してほしい。アーラインに沿って後縁を走らせるのだが、時に長すぎる義歯がある。アー発音時に軟口蓋が持ち上がってしまい封鎖が破れてしまうのである。

 また確実な後縁封鎖のためには、コンパウンドによる筋形成時にトレー内面に流れのよいコンパウンドを一層盛り、口蓋粘膜を押した状態で印象が採れるようにする。この時、翼突下顎ヒダもごくわずかに押すようにする。個人トレーの後縁が不足であれば、常温重合レジンで延長したほうがよい。顎堤吸収が顕著で上顎結節のはっきりしない場合は特に留意すべきである。

 

2) 上顎の頬側辺縁および前歯部辺縁について

 上顎顎堤は抜歯とともに外側から吸収し、顎堤頂は口蓋側に移動。上顎顎堤が著しく吸収したケースでは、床辺縁の厚みはリップサポートや人工排列に大きく影響することになる。吸収した顎堤を補うように床縁を厚くしないと、臼歯部においては臼歯排列位置が印象域の外側に飛び出すことになり、不必要な交叉咬合排列をしてしまうことにもなりかねないし、頬側の研磨面形態が義歯の安定に寄与できないことになる。特に犬歯部に於いて床の厚みが十分でないと、犬歯の排列する位置が口蓋側に寄りがちとなる。

 すると前歯部アーチが小さくなり、それに続く臼歯部アーチの幅径も狭くなり舌房が減少する。鼻下部の印象辺縁がが薄い場合、犬歯部と同様に前歯の位置が口蓋側寄りとなり、リップサポートが不足となる。

 また上唇小帯付近にはオトガイ筋と対をなして、頬筋・口輪筋複合体を上顎骨に固定する口輪筋上顎起始及び鼻中隔下制筋があり、これは口輪筋と協同支配となっているため口輪筋の緊張と同時に緊張する。したがって開口しているときに唇をすぼめるような運動、たとえば熱いお茶をすするような時、上顎義歯が下方に脱離する原因となることがある。

 上顎の印象はその後に続く咬合採得のステップに大きく影響を与える。どこに人工歯を排列するか、を予見して印象採得しなければならない。

 

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