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2019年8月 3日 (土)

私の「大学自治論」――<3>

続き:

 

     科研費の位置づけと学問の自由

 それに比べると、科学研究費への国会議員の干渉は極めて稚拙で、研究費採択への仕組も理解しておらず、研究がチームでおこなわれることも若手研究者を育成する方法であることも知らないままの気分的な発言であった。しかしながら、研究費について特段知識をもつ必要の無い一般社会に対する影響力は大きい。

 そこで2018/05/16、これらの発言に対し総長メッセージを発表した。その概要は、「本学の研究者たちに対する、検証や根拠のない非難や、恫喝や圧力と受け取れる言動が度重ねて」起きていること、「圧力によって研究者のデータや言論をねじふせるようなことがあれば、断じてそれを許しては」ならないこと、学生・院生、教職員の「積極的な社会的関与と貢献を評価し、守り、支援」すること、「全国の研究者、大学人の言論が萎縮する可能性を考慮し、本学の研究者に起きていることを座視せず、総長としての考えをここに表明」することを述べた。

 今日の大学自治は、二つの面で実現しなければならない。一つは省庁、内閣府などによる補助金を含めたコントロールに対し、そてをいったん受け止めつつ、法人としての独自な方法を提案することである。もうひとつは、無知による撹乱や根拠の無い非難に対し、毅然とした表明をもって、考えを主張し続けることである。

 大学は学校法人である。政治団体ではない。何らかの特定の主張をするために存在するわけではない。教職員、学生の人権と多様性を守り、学問の自由を守る、という民主主義国家の法人として当たり前のことを行う組織なのだ。自治の能力はそれをおこなうためにこそ、必要なのである。

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