« 「快適で安全」な監視社会 ⑤ | トップページ | 自己撞着化する監視社会 ① »

2019年8月30日 (金)

「快適で安全」な監視社会 ⑥

続き:

 

FBI に筒抜けのパスポート情報

 先進国で住民の指紋登録を行っている国は韓国等を除いては殆ど無いが、他の行政目的で登録されている顔写真が犯罪捜査に流用されているケースはある。

 米国では、FBIやニューヨーク市警など捜査支援のために顔認識技術が利用されている。FBIは刑事司法情報サービス課の下にFACEという顔画像分析ユニットを持ち、ここではFBIにおける捜査の支援のために、FBIが独自に保有する顔認識システム約3000万人分のデータのほか、国務省が保有するパスポート申請者(米国人)とビザ申請者(外国人)の顔写真データ、18の州が保有する運転免許証等の顔写真データにアクセスしたり照会をかけたりできる。これらのデータは2017年時点で合計1億2500万人分(米国成人の51%相当)になる。

 運転免許証やパスポート申請時の顔写真を犯罪捜査に使うことは明らかな目的外利用だ。さらに、照会にあたっては令状も必要とされていないことから、米国のプライバシー団体が懸念を表明している。

 

監視社会化に歯止めをかけるために

 フーコー的な「規律社会」とドゥルーズ的な「管理社会」を対比する視点から見ると、「管理社会」においては、その場に往来するすべての個人に対して「規範の内面化」を必要とせず、情報システムや建物の設計等によって個人の行動をコントロールし、不都合な行動や出来事を未然に防止することが管理者によって目指される。このような管理社会の姿は、途上国において最重要の社会課題の一つである治安対策と極めて親和性が高い。

 「管理社会」(=監視社会)では個人の自由よりも社会全体の(セキュリティ)に重きを置くことになるが、社会課題の多い途上国においては、まず情報システム等の導入を通じて個人の管理を強め、治安の向上に努めざるをえないからだ。「安全」や「平等」といった個人にとっての基本的価値が十分に実現されていない途上国においては、ドゥルーズ的な管理社会によって、もう一つの基本的価値である「自由」を制限せざるを得ない面もあろう。

 しかし、治安対策の必要性が相対的に低い先進国においては、行き過ぎた監視社会と、それによる個人の自由への侵害に対して一定の歯止めをかけることこそが喫緊の「社会課題」であろう。GAFA等のプラットフォーマーが大量の個人データを集めることで消費者に提供している利便性に関しても、フェイスブックの個人データ流出事件(フェイスブック上で動くアプリの開発者が5000万人の利用者データを不正に第三者に販売した事件)などを受けて、その一極集中的なデータ利用に厳しい目が向けられるように今は、なっている。

 では監視社会化に少しでも歯止めをかけるとするならば、どうしたらよいだろうか。筆者(小泉)は、個人データ取得技術を用いたあらゆるシステムにおいて、一つの場における単一視点(パノプティコンとしての管理者)の占拠を許さず、複数視点の共存を可能にするような制度設計が必要だ。単一視点による管理を排除し、個人に複数視点を移動することの「自由」を保障すること、すなわち、個人が単一の管理者に縛りつけられるのではなく、自分の個人データを取得し管理する管理者を選べるようにすること。そのような複数視点間の移動の自由が保障された場においては、「ビッグブラザー」に見張られることによる萎縮効果がなくなり、様々な社会集団やコミュニティ間での領域横断的な交流、自分の所属する集団を超えた「他者」との交流が促進されるだろう。

 また、インターネットなどのバーチャルな世界で、あるいはリアル世界でも、いくつもの自分(ペルソナ)を生きたり、演じ分けたりすることが可能となろう。このような個人の自由をも重層的なプライバシーの権利の一部とみなすならば、新しい意味でのプライバシーは、「単一視点(パノプティコン=場の支配者=ビッグブラザー)に飲み込まれない権利」と呼ぶことができるだろう。

 このような自由を保障するための制度設計を行う上では、データ管理者(個人データを取扱う企業や組織)による長期間の個人の追跡を規制すること、また追跡できないように技術的手段で保証することが重要である。また、複数のデータ管理者間の結託を防ぎ、個々のデータ管理者が寡占化しないように競争させるための構造・制度(第三者機関による監督など)を導入することも重要。ITを活用して個人データを大量に取得する「リトルブラザー」の出現を阻止することはもはや不可能だが、個人が複数のリトルブラザーを自由に選択でき、また、リトルブラザーの「ビッグブラザー化」を阻止できるように制度的・技術的な担保を行なうことが重要。同時に、個々のデータ管理者も、リトルブラザーとして生きながらえるためには、個人に対する透明性とアカウンタビリティが強く求められることとなろう。

« 「快適で安全」な監視社会 ⑤ | トップページ | 自己撞着化する監視社会 ① »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事