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2019年8月25日 (日)

「快適で安全」な監視社会 ①

小泉雄介(国際社会経済研究所主幹研究員)さんの小論文を載せる「世界 6」より、 コピー・ペー:

 

暮らしの「便利」を支える超情報社会

  情報社会の進展によって、「個人データは21c.の新たな石油(価値あるリソース)である」と言われるようになった。昨今では、申込用紙などの紙媒体やインターネットの入力フォームといった従来の手段に加え、スマートフォンや身に着けたまま使えるウェアラブル端末、AI(人工知能)スピーカー、ボディカメラといった様々な IT 機器を通じて個人データが取得されている。

 これらの個人データは、ソーシャルネットワーキングサービス(SNS)、ニュースサイト等のパーソナライゼーション(個々人に応じて情報がカスタマイズされること)、ショッピングサイトでの「ほしい物/受けたいサービス」のレコメンデーションなど、消費者にとって利便性の高いサービスを安価に提供するために使われたり、防犯・防災、健康医療、交通・物流、都市計画など各エリアでの社会的課題の解決にも利活用されたりしている。

 SNSの交流サイト「フェイスブック」で手軽に友人とコミュニケーションし、検索エンジン「グーグル」で知りたいことを即座に検索し、インターネット販売の「アマゾン」で買いたい物のクチコミ情報を調べて購入することで、我々は従来考えられなかったような「利便性・快適さ」を享受している。

 マンションに防犯カメラを設置し、自家用車に車載カメラを付け、ウェアラブル端末で日々の健康を管理することで、以前にも増して「安心・安全」な生活を送ることが可能となっている。

 その反面、自分に関するあらゆるデータが吸い上げられ、行動を管理するために利用され、「自由」が脅かされていることについては、ほとんど気付くことがない。本来、個人の「自由」と、個人の「安全」「利便性」「平等」は、我々の社会において尊重されるべき基本的な価値がある。しかし現代社会では、「自由」と、「安全」「利便性」「平等」とは、一方を追求すれば一方を犠牲にせざるを得ない関係にあるのだ。

 

監視社会の真っ只中にいる私たち

 これまでに挙げた IT 機器(スマートフォン、ウェアラブル端末、AI スピーカー等)や防犯カメラ・ボディカメラなどの技術は、個人からデータを絶えず取得し、個人の行動を追跡することに使われうることから、「監視技術」の1種と言える。従来は個人の監視を行う主体といえば行政機関であったが、インターネットが普及した1990年代以降は民間企業による消費者の「監視」が加速度的に増えており、とりわけGAFA(アメリカに本拠を置く巨大IT企業の総称はグーグル、アマゾン、フェイスブック、アップル各社の頭文字を取っている)に代表される「プラットフォーマー企業」が国境を越えて大量の個人データを取得している。

 特に米国では、2013年のスノーデン事件(米国中央情報局元職員エドワード・スノーデン氏が米国政府によるインターネット企業からの個人データ収集プログラムの存在を暴露した事件)で明るみに出たように、行政機関と民間インターネット企業が手を組み、いわば「ビッグブラザー」として世界中の個人から莫大な量の個人データを取得し、これらにアクセスすることが可能となっている。

 一方で我々は、社会生活を送る上でこれらの「快適で安全」な監視技術に大きく依存している。自分の行動の監視につながるということが明示的に意識されずに、消費者が自ら進んで自分を識別する ID (各種のカード、スマートフォン、生体情報等)を提示し、利便性や快適さを享受する場面が増えている(店舗での支払い、レジャー施設への入場、会員向けサービスの利用等)。SNS などで、就職を含む「社会参加」のために自らの個人情報を世間に公開することも珍しいことではなくなった。このように、現代社会では様々な監視技術が社会生活に不可欠な構成要素として組み込まれ、受容されている。

             我々は監視社会の真っ只中にいる。

 

 

 

 

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