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2019年9月30日 (月)

感染症と人間(6)―②

続き:

 

世界の腸内細菌を探しに

 

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 近年の研究は、米やヨーロッパ暮らす人、あるいはわたしたち日本人の腸内細菌叢は、狩猟採集民や高地住民、砂漠の民といった、伝統的な生活を守っている人々の腸内細菌叢とは、その構成が大きく異なることを明らかにしつつある。猟採集民や高地住民、砂漠の民といった人々が保有する腸内細菌叢は、欧米化した人々の腸内細菌叢よりはるかに多様性に富んでいるというのである。逆に言えば、この事実は、わたしたちが近代化の過程で、いかに多くの細菌を失ってきたかということの証でもある。

 細菌は可塑性が高い。完全に失わなければ、生存し増殖する可能性は残る。至適な環境さえ与えられれば、細菌は数十分で2倍にも増殖する。20分で2倍になるとすれば、24時間もあれば、一個の細菌は、約5×1021個、すなわち50垓(ガイ)となる。垓は、億、兆、京ときて、その次の単位である。こうした細菌の潜在的増殖能力は、細菌の可塑性を担保する。

 普段は少なくても、何かの際には、急速な増殖が可能になる。今日の数個の細菌が、明日の100億個の細菌となったとしても、なんら不思議はない。こうした柔軟性こそが、生態系内における微生物叢の核心なのかもしれない。しかしそれも、細菌が残っていればの話だ。細菌が、もしわたしたちの身体内から完全に失われたとすれば、その可塑性さえ担保されることはない。

 一種類あるいは二種類の生物種が消えても、通常、生態系に目に見えるような問題が起こることはない。しかしある閾値以上の割合で生物種が消失すると、あるいは中枢種が消滅すると、その影響はしばしば生態系全体に及ぶ。消滅の割合は全生物の二割とも三割ともいう。それによって、生態系は回復不能になり、自然(マクロ)の生態系といえば、熱帯雨林の喪失や、海洋、大気の破壊にいたる。

 ミクロの生態系でいえば、わたしたちヒトの常在細菌は攪乱され、病気を発症することになる。繰り返しになるかもしれないが、絶滅とは、その種類の生き物がこの地球上に一個体たりとも存在しない、消滅を意味する。これは、さらに次のような重大な事実を突きつける。

 生態系では、一度失われた種や細菌が再び回復することはない。ミクロにおいてもマクロにおいても、ということ。

 

 

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