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2019年10月 1日 (火)

感染症と人間(6)―③

続き:

 

世界の腸内細菌を探しに

 

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 現実は、過去一世紀の近代化の過程で、わたしたちの身体から多くの細菌が失われてしまったこと、あるいは今、失われつつあることを示唆する。

 近代化やグローバル化の波は、それを好ましいと思うか否か別として、大きな人類史の流れであるともいう。今、地球上に、産業革命以前の生活を送っている人々は皆無に近い。否、ペニシリン発見以前の生活を送っている人々それで、さえ、皆無に近い。

 それでも、伝統的な生活を守ろうとしている人やいまだ完全に近代化していない社会に暮らす人々がいる。あるいは、4000mを越える高地や乾燥した砂漠、北極圏といった厳しい環境に暮らす人々。そうした人々のマイクロバイオームは、産業革命以前の人類おそれに近いものである可能性もある。とすれば、それを保存する意味はある。それが、「ぷー・プロジェクト」の一つの大きな目的である。

 

             ※

 

 わたしたちヒトは、微生物との複雑な混合物以外の何者でもないかもしれない。そうした「わたし」が、同じように複雑なマクロの生態系に守られて生きている(生かされている)。それがヒトの生存なのであろう。

 とすれば、わたしたちに残されている道は一つしかない。共生である。ヒト以外が消えた世界で、ヒトは決して生きていけないことは確かなのだから。

 灰谷健次郎の『太陽の子』のなかの言葉を思い出す。

 「ひとつのいのちは、ひとつのいのちだけで生きていけるものではない。ひとつのいのちを無数のいのちがとりまいている」

 

             ※

 

 祖母の死から始まった旅は、地球を一周して、チベット高原を南北に挟む標高3500mを越えるネパール高地から始まり、砂漠が広がるスーダンの遊牧民に至った。そしてその先へと続いていく。

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