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2019年12月 9日 (月)

Science 硬組織の維持に働く幹細胞の新たな研究手法と最近の知見 ⑥

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4) 歯髄幹細胞のキャラクターに関する知見

 さて、Sharpe らの報告は、歯髄幹細胞が Wnt 反応性細胞に含まれることを示唆するが、他の研究グループからも細胞系譜解析に基づいた歯髄幹細胞の同定に関する報告がなされている。細胞骨格の1種である、α - 平滑筋アクチンを発現する血管周囲細胞が歯髄幹細胞として見出され、修復象牙質形成に寄与することが示された。

 興味深いことに、歯周組織の再生医薬品である線維芽細胞増殖因子(FGF-2)は、α - 平滑筋アクチン陽性細胞の新生象牙芽細胞への分化を促進した。また、動脈周囲に局在する転写因子 Glil が陽性の細胞、プロテオグリカンであるNG2が陽性のぺりサイト、そしてグリア細胞に由来する細胞集団が歯髄幹細胞であることが、細胞系譜解析により示された。以上のように、歯髄幹細胞の実体についてはいまだ結論が出ておらず、さらなる研究による統一した見解が待たれる。

 

5) 歯髄幹細胞の象牙芽細胞への分化および修復象牙質の形成メカニズム

 歯髄幹細胞が象牙芽細胞に分化し、修復象牙質を形成するメカニズムは何であろうか?歯髄幹細胞の動態は、その周囲を取り囲む歯髄の微小環境(ニッチ)に依存することが予想される。我々は、歯の損傷後に誘導される歯髄環境の変化として、象牙芽細胞の細胞死に目を着けた。そこで、象牙芽細胞死と硬組織修復との関係性を、以下に示す”象牙芽細胞枯渇モデルマウス”を用いて検証した。

 Cre/loxP システムを応用し、特定の細胞種を生体内で枯渇する実験系が広く活用されている。ジフテリア毒素(DT)は、その受容体(DTR)に結合して細胞内に取り込まれると、タンパク質合成の阻害作用を介して細胞死を引き起こす。DTの、DTRに対する結合性は、ヒトと比較してマウスでは著しく低い。そのため、マウスではDTの投与量がある一定量を超えなければ細胞障害作用を示さない。したがって、ヒト由来のDTRを象牙芽細胞のみで発現させた遺伝子改変マウスでは、DTの投与により象牙芽細胞が特異的に枯渇する。以上の遺伝子改変マウスを用いた、歯の経時的な組織観察から、象牙芽細胞がDT投与により著しく減少した後に、再び出現することが明らかになった。

 この過程では、新たな象牙芽細胞を供給する歯髄幹細胞の存在が想定されるが、同定に至っていない。さらに興味深いことに、象牙芽細胞を枯渇したマウスでは、新生象牙質の形成が著しく上昇していた。以上の結果は、象牙芽細胞の細胞死が、象牙質の石灰化誘導の引き金になることを示す。すなわち、象牙芽細胞死を起点とした、歯髄幹細胞の象牙芽細胞分化および新生象牙質の形成をコントロールする歯髄環境の存在が示唆された。

 しかしながら、以上の所見における、細胞関連および分子メカニズムは不明、その全容解明にはさらなる解析が必要である。

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