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2019年12月 8日 (日)

Science 硬組織の維持に働く幹細胞の新たな研究手法と最近の知見 ⑤

続き:

 

4. 歯の修復機構についての最近の知見

 

 歯を構成する硬組織は、エナメル質、象牙質、セメント質に分類され、その内部は歯髄で満たされている。歯髄は象牙質と接しており、その界面には象牙芽細胞が密に整列し、象牙質形成に寄与する。象牙質には修復能力が備わっており、外傷・う蝕などによる損傷に対応して、象牙芽細胞が第三象牙質を新たに形成して損傷部位を補填する。

 一方、歯髄にも骨髄と同様に幹細胞が存在し、それを歯髄幹細胞と呼ぶ。第三象牙質の形成は、歯髄幹細胞をはじめとした多細胞の連関を介して進行するイベントであるが、その詳細は不明。近年の遺伝子改変マウスを用いた研究により、歯の修復機構の理解が深まりつつある。

 

1) 第三象牙質を形成する二つの経路

 第三象牙質の形成は、組織損傷の程度の差により、異なる二種類の経路を辿る。軽度な損傷では、それに応じて活性化した既存の象牙芽細胞が新たな象牙質を形成する。この過程を経てできた第三象牙質を、反応象牙質と呼ぶ。一方、露髄を伴う重度の損傷には、歯髄幹細胞が重要な役割を果たす。すなわち、歯のダメージにより象牙芽細胞の細胞死が誘導され、それに応じて歯髄幹細胞お象牙芽細胞への分化が誘導される。そして新たに分化した象牙芽細胞が欠損部位の修復に寄与する。この経路でできた第三象牙質を、修復象牙質と呼ぶ。

 しかしながら、以上の修復機構により、損傷部位が完全に再生することは難しく、臨床の現場では水酸化カルシウム製剤やMTA(mineral trioxide aggregate) セメントなどの歯科用覆髄材料を用いた硬組織再建療法が実施されている。したがって、象牙質の修復メカニズムの詳細を生体内で理解した暁には、その知見を応用した、さらに効率的な歯科治療法の開発につながることが期待される。

 

2) 歯の修復を促進する Wnt シグナル

 分泌タンパク質である Wnt は、細胞の増殖・分化・極性などを調節し、個体の発生および成体の恒常性の維持に重要な役割を担う。近年、修復象牙質の形成に対する Wnt の関与が示された。

 Sharpe らの研究グループは、古典的な Wnt シグナル(β -カテニン経路)が活性化した細胞(以下、Wnt 反応性細胞)でGFPが発現する遺伝子改変マウスを用いて、露髄を伴う硬組織欠損後の歯髄を観察した。結果、Wnt 反応性細胞が、硬組織欠損後の歯髄に出現することを見い出した。また、Wnt 反応性細胞はカテニン増殖活性を示し、やがて象牙芽細胞に分化することが細胞系譜解析により明らかになった。以上の結果は、Wnt 反応性細胞に歯髄幹細胞が含まれることを示唆する。

 さらに、Wnt 反応性細胞自身の Wnt 発現を抑制した遺伝子改変マウスでは、修復象牙質の形成が低下。すなわち、歯の硬組織欠損が歯髄細胞の Wnt 発現を促し、それがオートクラインに作用して歯髄幹細胞の象牙芽細胞分化、そして修復象牙質の形成を誘導することが示唆された。なお、軽度な硬組織欠損に伴う反応象牙質の形成には Wnt が関与せず、それ以外のシグナル経路が調節することが予想されており、今後の展開が注目される。

 

3) Wnt/β -カテニン経路を活性化する薬剤の歯科診療への応用

 アルツハイマー病の治療薬として開発された”タイドグルーシブ(Tideglusib)”は、GSK3の抑制を介してWnt/β-カテニン経路を活性化する。タイドグルーシブを添加したコラーゲン担体を、窩洞を形成したマウス臼歯の覆髄材として用いた結果、MTA セメントよりも優れた修復象牙質の誘導作用を発揮することが報告された。興味深いことに、Wnt シグナル経路の活性化を必要としない反応象牙質の形成についても、タイドグルーシブは促進した。以上の報告は、薬剤による外因的な Wnt /β - カテニン経路を活性化は、第三象牙質の速やかな形成を実現するための有効な手段であることを示唆する。

 

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