エピジェネティクス―生命科学の新しい必修科目―(4) ①
「人間と科学」第308回 Epigenetics in Various Diseases の研究文である。コピーペー:
仲野 徹(大阪大学大学院生命機能研究科時空生物学・医学系研究科病理学教授)さんの記述である。
これまでは、エピジェネティクスの基礎編でした。今回からはいよいよ本番で、医歯学におけるエピジェネティクスの重要性について。今まで三回をお読みになられていない方にお分かりいただけるように説明していきますので、是非お読みください。
■ 新生児の体重と生活習慣病に関係が?
英国の疫学者バーカー先生は少し奇妙な因果関係に気づかれた。生まれた時に低体重であった赤ちゃんは、大人になってから心筋梗塞といった冠動脈疾患になりやすいようなのだ。未熟児ではなく、胎内発育不全の赤ちゃんである。報告しても最初はなかなか信じてもらえなかったが、世界中から同じような内容の論文が出され、正しいことが証明された
こういった経緯から、胎児期の栄養不足が生活習慣病の発症リスクを上げるという説はバーカー説と呼ばれている。
もうひとつ、似たような事例がある。時代は第二次世界大戦最後の冬、1944年にまで遡る。ナチスに交通封鎖を受けたオランダ西部地区は、深刻な飢饉に陥った。一人当たりの平均摂取カロリーが800kcal.以下で、2万人以上が死亡したとされている。もちろん妊娠中の女性もいた。戦後70年が過ぎ、子宮内で飢饉に遭遇した胎児は、長じて、冠動脈疾患、2型糖尿病、動脈硬化といった生活習慣病になる率が高い、ということが明らかになっている。
これらの二つの例はいずれも、胎内において低栄養に曝露された人は、生活習慣病になりやすい、ということを示している。いったい、どうしてそのようなことが起きるのだろう。
胎内において低栄養に曝されると、低栄養に適した体、いわば「低栄養仕様」の体になると考えられている。生まれた後も低栄養状態が続けば問題はないのだが、生まれてから普通に栄養を摂取すると、低栄養仕様の体にとっては、相対的に栄養過剰状態になってしまう。その結果、生活習慣病になりやすくなる、というのだ。低栄養仕様の体は栄養を倹約するようにできているので、「倹約表現型」と呼ばれることもある。
生まれてから何十年もの間、体のどこかに倹約表現型が記憶される。低栄養になったからといって、遺伝子に変異が生じたりはしない。遺伝子変異以外で、ある状態が何十年にもわたって記憶されるというのは、遺伝子発現の状態が安定的に受け継がれうるエピジェネティクスでしか説明ができないのだ。
もうひとつ、面白いことが分かっている。オランダの飢饉の場合は、胎児がどの時期に低栄養状態になったかが分かる。妊娠期間はおよそ9か月間で、初期、中期、後期の3か月ずつに分けられるが、そのうち最初の3か月の間に低栄養になると倹約表現型になりやすかった。
先月号で、生まれてすぐにかわいがられたネズミはストレス耐性が強くなる、という話をした。その時にも述べたがエピジェネティクスというのは、発生や発育の早い段階ほど変わりやすいという性質がある。
倹約表現型が記憶される、と書いたが、では、どの細胞のどの遺伝子のエピジェネティクス状態が変わることによって記憶されるのか、というのは分かっていない。あくまでも現時点では、エピジェネティクスが関与しているに違いない、というにすぎないのである。
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