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2020年3月 4日 (水)

エピジェネティクス―生命科学の新しい必修科目―(5) ①

仲野 徹(大阪大学大学院生命機能研究科時空生物学・医学系研究科病理学教授)さんの小論文より コピーペー:

 ゲノム編集技術が開発されたとはいえ、ゲノムDNAに刻み込まれた情報を薬剤で制御することなどできません。しかし、ゲノムに上書きされた情報であるエピジェネティクス、すなわちヒストン修飾やDNAのメチル化は薬剤によって操ることが可能です。また、そのような原理を応用した薬剤も開発されつつあります。

 

DNA メチル化阻害剤による骨髄異形成症候群の治療

 

 骨髄異形成症候群(MDS)は、造血幹細胞の異常により血液細胞の産生異常が引き起こされる、主として高齢者に発症する疾患である。この病気は以前から、がん抑制遺伝子の制御領域におけるDNAメチル化の亢進が認められていた。前回述べたように、これによって、がん抑制遺伝子の発現が低下して発症の要因になっている可能性がある。また、DNAメチル化制御に関与する遺伝子が発症に関与することも分かっていた。

 こういった知見から、アザシチジンという古くからあるDNAメチル化阻害剤がMDSに効くのではないかと考えられた。ランダム化試験で実際に効果が認められ、2004年には米国で、日本でも2012年に認可され、今では広く使われている。

 MDSは急性骨髄性白血病へ移行することがあり、染色体異常などからそのリスクをある程度推定することができる。移行の確率が高いMDS、すなわち高リスクのMDSに対しアザシチジンの効果が認められている。ただし、効果があるのは3~4割程度で、効いた症例でも1年程度で効かなくなることが多い。

 効果のメカニズムとしては、DNAメチル化が抑制され、がん抑制遺伝子の発現が回復するだろうということは容易に想像できる。しかし、実際にはそのような単純なものではないようで、いまだにどのようにして効いているのかはよく分かっていない。

 また、ヒストン脱アセチル化(HDAC)阻害剤であるSAHAも、皮膚T細胞性リンパ腫の治療薬として認可されている。これもアザシチジン同様、遺伝子発現を亢進させる作用によると考えられるが、やはり作用機序の詳細はよく分かっていない。

 エピジェネティクスの状態を大きく変える物質を薬剤として使うことができるというのは、少し驚きである。多くの遺伝子の発現が変化して、強い副作用が出そうなのだが、それほど副作用は強くない。ただし、妊婦には禁忌。

 エピジェネティクスは発生の早い段階ほど変わりやすい。という話を思い出してほしい。これらの薬剤は、胎児の発生に大きな影響を与えるからである。

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